出雲の山墾り〜sec.3

山陰の冬には珍しい青空が広がる晴れの日。10時時点での気温8℃。竹藪を整理したり、柵を補修していると汗ばむほどであった。参加者は5名。10時〜13時。

穏やかな春ならぬ冬の一日。これもまた冬であることに思いを致そう。

春焼き地の畑、一の畑の柵が倒され牛が入ってきていた。ゆるんでいたのはわかっていたのだが、冬の枯草だけが見えるなか、無理して入ることもあるまいと油断していた。さして足跡も糞跡もなく、何も食べるものがないゆえ早々に引き上げたのかなと思いきや、真新しいかじった跡が少々。タカキビの茎。ガジガジとかんだ跡がいくつかある。タカキビには砂糖を採る品種もあるくらいだから、甘さがあるのかもしれない。

あとは大麦が少しばかり踏み潰され、真ん中に糞がひとつあるくらい。ヒトの糞便の75%は微生物であり、植物繊維は17%ほどだというが、牛の場合はどうなんだろう。そんなことをふと思った。(重量比。微生物は生死状態問わず。Allanna Collen,2015『あなたの体は9割が細菌』矢野真千子訳,2016,河出書房新社

踏み入った畑の中でいちばん青々としている小麦と大麦の若い芽。これこそうまいと思うのだが、まったく口をつけていないのは不思議である。周辺で食べた跡がよく見られるのは再生竹。笹は食べてないのにね、とこれも思いつつ、ハッと気がつく。あぁそうかもしれない。冬は茎がしっかりあるものが食べたいのかも。記憶にとどめておこう。ただし「かも」という半端な仮説部分はほどほどに。

気温8℃というのが牛にとってどうななのかはよくわからないが、もっぱら日向で寝そべっていることは確かだ。もう少し日が斜面にもさしてきたら、そっちに移動する個体もあるだろうが。

三所の家を片付けながら

4年ほどになろうか、借りていた家を片付けている。片付けという「作業」は頭で考える限り、後ろ向きなものだ。生産性はない。後始末ともいうだろうし、撤退という意味ではやりたくない仕事の筆頭にあがってくるものだ。実際、軽トラで向かう道中、冬の寒さと空の暗さもあいまって気は重い。が、しかし、やりはじめると、これはこれでのってくるものでもある。掃除、整理、処分、廃棄。たたむ、はく、切る、水を汲む、捨てる。……などなど。
今日は、いちばん気が重かった屋根の補修(応急処置)をした。もう1〜2年早くやっていればと思う。ま、この冬をしのげればいいと思えばこその応急処置であって、だからできたのだとも考える。
というわけで教訓。まずはやりたくないことから手をつければいい。できそうになければ、できる範囲でけりをつけておくべし。このブログも、canpanにおいたまま、当面続けることにした。出版も、次の1年も、焼畑も、調査も、みんな、そんなものなのだろう。2017年(平成29年)1月6日の「三所の家」。あぁ、年明けても脱穀をしていたのだな2年前も。今年もこうなりそう。場所は変わるけど。
20170106-P115041302

下の写真は、2015年(平成27年)5月の「三所の家」。きれいに見えるのは気のせいか。トタン部分はここから3年でずいぶんと劣化した。この年に応急処置的にペンキを塗っていればよかったのかも、しらん。
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そう、木次の家もそうであって、少しへこんできたなあというときに応急処置的に手を打っておけばずいぶんと助かるものなのだ。春から手がけるべし。