苺をつまみ、食べながら

5月31日。日がずいぶんと長くなり、7時ごろまで山で仕事ができる。この日は火入れのための給水と5月半ばに焼いたところへかんたんな播種をするのだった。

5月20日に播種したタカキビが芽を出していた。出揃ってはおらず、ポツポツと目につくほどだが、一安心。5月23日に亀嵩小のみなさんが火入れ外周部に播種したアマランサスだが、一株だけ芽を出しているのが目に入った。有望といえ、見守りを続けることとする。

この日の播種は、モチアワとササゲ。ササゲは外周(昨年火入れ地)に、5〜6年ほど常温で保管していたものを5〜10粒ずつあちこちに埋めた。発芽率は1割を切って1〜3%程度か。ひとつでも芽をだせばよしという程度の期待値である。モチアワはほかさまざまな野菜種子とばらまきした。明日明後日にかけて強い雨が降る予報にあわせた。

エンジンポンプが給水している間に、野山のものをつまみぐい。おそらくはじめて実をつけた桑の実。火入れ後5年、みつけたら大事にしてきた。つい刈払ってしまうことも多いのだが。待ちに待った実なのだ。うまいよ。うまいのだ。

ナガバモミジイチゴも例年になく目につく。今年はどの草木も花が多いことにもよるのだろうが、だんだんと食べられる実が増えているのは気の所為ばかりではないだろう。火入れや伐開、草刈り藪払いをわずかばかりでも続けていることで、「林縁」があちらこちらにできていることによるのだと考える。

いつのまにか大きくなっている樹も。桐の樹はまっすぐで成長も早いからだろうが、いつの間に、ここで。という感を受ける。

さて、来週からは大豆を植えるのと、クサギの葉をとりはじめる。そして、できれば竹の稈をとって漬け込みたい。昨年は遅すぎて、繊維がとれなかった。竹紙、今年はつくれるといいな。

3月25日の山

メモである。

ナラ山と呼んでいる場所で、1時間半ほど竹を切った。裾部に昨春から出たものであろう一年生あるいは二年生の若い竹が多かった。中でも密集して既存の落葉樹にかかっているものがある区画が目についたので、いまのうちに整えておいたほうがよいと、思い立ったのである。また竹紙のために漬けた樽を整理するためでもあった。ふた桶ぶんのそれは、発酵分解が途中でとまり、まったくといっていいほど繊維が取り出せないことがわかっていた。気温があがると虫がわいたりする可能性もある(糖分系のものは分解され尽くしているだろうとはいえ)。冬のうちにと思っていながら、春本番の時期まで来てしまったので、「待ったなし」状態でもあったのだ。

いざ切ってみると、なかなか厄介である。掛かりやすいのだ。コナラの大木にも、芽吹きが目につきはじめているので、新緑の時期にまで至ると、まず危なすぎて無理であろうし、樹への負荷も大きいと思われる。

そうしたところの竹や、すでに掛かっている木など、今の時期に整えておくべく、手をつけていくべし。

同じ場所にあって、数年見てきているウワミズザクラは変わりなかった。新芽がのびてきている。ミツマタはまだ花をつけていた。樹蔭にあって陽が射しそうにもないところで毎年咲かせている。鮮やかな黄の花は、陰の中にあって妖しげでもある。

ツクシが目立った。ふえていると思う。

令和4年12月30日の山

昨日の山。雪はまだ20〜30センチほどの深さで残っていて、歩けるけれど、というより、けっこうみんな歩いてる。
狐、狸、その他……。斜面をのぼりきったあたりに、大量の鳥の羽が雪の上に散らばっていた。狩られてしまったのか、逃げおおせたのかはわからない。雪の上でさえぎるものもなく、どんな生き物であれ目立つだろうに、なぜここで? 藪までは15mほどはあるが、そのあたりで捕まえられ、ここで激しく抵抗したのか。いまの私には手がかりとぼしく、妄想とさして変わらぬ想像を巡らせてみるが、これという確かさはつかまえられず。

そして、雪の上でしばし考えたこと―その1。
足跡はおおむね、いつも人=私が通っているルートを通っている。ふだんから同じ道を歩いているのだろうか。道とはいえないような箇所も同様。足跡は伐開作業中の竹藪の中へ向かっていた。他に入るルートはあるのだが、頻繁には利用していない。そうしたところには足跡はないのである。人であろうが、なんであろうが、通ったあとをたどるのは生物の生存上、最適解に近いのかもしれない。

雪の上でしばし考えたこと―その2。
ただ、同じ道でも微妙に何かがずれる。この写真でも足跡の系統はふたつある。右手の山側と左手の崖側。実はこの崖側だけを人が通った場合、ある箇所で足をとられて滑落する羽目に陥る。私は積雪前のそれを知っているから避けるのだが、そのトラップありの崖側にも重め・大きめの足跡がある。猪だろうか。数日はたっている古いものなので足跡からは確定できないが、みんな何を頼りに雪の上をたどっているのだろうか。ルートそのものは「通った記憶」だと思う、私もそうであるように。だが、足取りはどうか……。我が身に照らして省みるに、それも記憶が主である気はするのだが。どうだろう。ふだん、歩くときに、なにを頼りに歩いているのかということにかかわる。山の中を人が通うとき、古来、いくつかの標(しめ)が言われたり、伝えられたりしてきた。ちらちらと見え続けることで、いまいる位置がわかるというものだ。遠くかすかであれ視認できる高い山の姿であったり、老大木であったり。あるいは、響きか。響きの記憶である。歌をうたう。その響き方。

焼畑の蕪を掘り出す。積雪前にけっこう気温が高い日が続いたためか、8割方はすが入ってしまっているようだ。とれるものはとって、漬物にしてしまうのだ。

冬いちごもまだ雪の下に残っていて、つまむことができる。うまし。

 

令和4年冬の山仕事、12月16日

雪の積もる前に。
根雪が山に覆いかぶさる前に。
昨夕の山仕事。

◆落葉採取・15分

軽トラ荷台に2梱包。牧場から岩内山の尾根に至る道沿いから拾う。表面は乾いているが、上から二枚目の葉はぬれている。こうなっていると、地表に流れる程度の風では動かない。下層はしっとりと濡れている。金箒で掃き集めようにも、固まっている層は、そうだなあ3センチほどは平均してありそうだ。白い糸状の菌がところどころに見える。
この日集めたものは里の畑へ。50センチほど掘った溝に落とし込む。1年おけば腐葉土として苗土に使えるようになる。どんぐりを中心とした苗用に、そして焼畑栽培作物の苗用となる。
あと2回ほどは必要かと思う。そう雪の積もる前に。
山の麓につくる予定の腐葉土づくり用のものは、さらに先となるかな。
なお、見出しにつけた分単位の時間は大まかなもので計測はしていない。

◆崖地焼畑カブの種取選抜と植替え・15分

今回は4株のみとなった。残りは食用として持ち帰り。目標としていた40株までは到底たりない。現在10株ほどか。気張らずにこれから毎回、ひと株でも多くやっていこうと思う。

◆竹山整備兼春焼準備・60分

勘を取り戻しつつあって、段取り・流れの大枠がつくれてきたと感じる。効率は現状の倍にまでは高めたい今冬である。技能向上とあわせて。
さて、人に教える時に、よく「慣れだ」という言葉が使われる。一言で済むよさも手伝って頻発されているのだろうが、うまく伝わっていない。「やってみること」「数をこなすこと」が大事で、理屈理論から入るのではなく、考えずに身体で覚えていくものだということに間違いはない。が、それ、理論が十分に披瀝された上でないとうまく教えが機能しない。
こうして理屈を中途半端に述べるのもよくないが、《うまく&早く》すませることを試みてほしいということを伝えてみたいのだ。昨今とみに、抜け落ちているように思う。
昨今のアマチュアに対して指導される教授型は単純だ。
無理をしない、安全に、楽しんで。
それでいいのだろうか。私はよくないと思う。
我らは素人=アマチュアなのだから、なおのこと、職人=プロに見習わねばならない。少なくとも尊敬の念を把持すべきである。アマチュアの最低限の矜持であろう。

◆準備片付けと移動、小休止・20分

休憩中のつまみ食いは冬苺。残っているものは甘みが減って酸味が強いものばかりなるも、これが美味にして体力蘇る感。
年内にできればあと1〜2回。竹ほしい方、キクイモほしい方、いまなら、取り放題である。見るだけ、足を運んでいただくだけでも嬉しいことだ。お手伝いくださる方も募集中。
「出雲の山墾り〜2022」まで

合歓木の花が目立つ今年の夏

まとまった雨が降り山の畑もほっと一息。春焼き後の点描を。

◉アマランサスは順調にみえて少し変。昨年は火入れができず、菜園畑で採った種子を用いたのですが、なんか違うものが交雑してるようです。葉っぱの味も違う。やれやれ。できる限り選別していきますが、難しい。里の畑だとヒユ科の何かが混じってしまうのだと再認識。


◉ミニトマト(ブラックチェリー)の草勢は想像以上。ほとんどいじらず放任して様子をみます。

◉カボチャ(かちわり)も降雨以降盛り返して、遅れを取り戻しています。3年前はうまくいかず、焼畑にはあわないのかと期待はしていませんでしたが、いけそうです。

◉ナス(黒小町)は交配種で、一代限りのお試しですが、雨の降らない時期によく枯れずに残ったというところ。復活の様子見。

◉はぐらうりは今年はじめて。牛が入るところに直播し、まったく芽が出ず、諦めていたのですが、出てました。よかった。ウリ科の草は牛が放置してくれるのではという期待もこめて。どうなりますか。

◉タカキビ(林原在来)は初期の成育がよくなかったのですが、いい感じかと思います。

◉サトイモ(三刀屋在来)もなんとか。焼畑のはとりわけ美味いことは実証済みなので、楽しみに見守っていきたい。

◉ヒエは、まったく発芽しませんでした。なぜ。心当たりはもちろん複数あるのですが。
◉大豆もゼロかと思っていましたが、わずかにのびているものがありました。黒大豆か。白大豆はたぶん全滅。ヒエもですが、雨がないと、焼畑の大豆はちょっと無理ですね。たまたま堅い土のところでもあったためよけいに。

 

 

雪どけと足あとと火入れ準備と〜令和4年出雲の山墾りsec.2-3

1月16日と17日の2日間、冬の火入れ準備でほぼ終日、山のあちこちを動きまわった。それらあれこれの合間に、ふと感じたことなどを記しおく。

塗装された道路の雪はすっかり溶けていて、峠のところどころに残るのみ。土の道に積もった雪はまだまだ残っているし、草木が覆う山の斜面であればなおさら。こういうときに山を見たり歩いたりすることは、とてもおもしろい。どうしてここだけ深いのだろう。どうして浅くなっているのだろう。そこはサクサク、ここはフワフワ。雪の下が凍っているところ、とけて水が流れているところ。目眩がするほど雪の溶け具合はさまざまなのだ。
降り積もっているときにはその一帯一様であったものが、溶けるときには、実に多様な状態を現出する。なぜそうなっているのかを推しはかりながら、土地の性状を、ミクロのモザイクを少しずつつかんでいくのは、ほんとに楽しい。

雪が示すものに限らず、土地の性状を知る上で、鳥や獣は先生になってくれる。ただ、どんなに乞うても面と向かってはめったに教えてはくれないので、ふともらしてくれるような一言は貴重だ。雪の上に残された足跡もそう。あるいはつぶやきのようなものか。安易に意味を付託するではなく、それとしてとどめておくのがいい。語ってくれるまで記憶に残しておく。16日に見たこの足跡もそう。タヌキかアナグマ、そして小さなイノシシだと思われる。冬を越せるだろうか。この足跡から30mほどいけば竹藪となる。そこを伝っていけば、まだシラカシの実が落ちている場所にたどり着ける。

 

エンジンポンプで水をあげる。ホース長が15m、ふたつをジョイントして30mで使う予定であったが、すぐにはジョイントできず、うまくいくかどうかもわからない。ならば、15mで前にすすめてしまおうと取り掛かった。リレーすること6回。5時間ほどかかってゴール手前まではいけた。春には、高出力エンジンポンプをリースだね、とは思った。ただ、効率悪いこの小さいやつのいいところは、ひとりでも動かせること。やりようかもしらん。
ポンプは全揚程30mとある。こうしたゆるやかな傾斜なら40m長のホースでもいけるのでは? 今あるものの長さをはかること、接続具の用意からはじめてみることにする。

 

その日のはじまりはさまざまであった〜山墾りsec.1

1月9日の日曜日、晴れ間がうすくのぞいている穏やかな日だった。あちらこちらの集落でトンドが催されていたようで、ポンポンと竹のはぜる音が聞こえていた。里方から佐白へ向かう道中には誰もいなくなった広場でひとり始末を続けている人影も見えた。
自分にとっては、令和4年、年があけて最初の週末であり、山仕事をはじめる日である。

手元にある掛合町史の第9章、掛合町の民俗をひらきみるに、11日を百姓始めあるいは仕事始めの日としている。

・牛舎から庭へ牛の出し初めをする
・田に出て「一鍬千石、二鍬万石、三鍬数知れず」と唱えて田打ちをする
・ゼニサシ、ゼニツナギを最初に作る

執筆者は、これらの例をあげながら「この日の始まりはさまざまであった」と記している。どなたであったか。島根大学の宗教学の先生であったと思う。明治の終わりから戦後間もないころまでの雲南の正月風景、その姿は変わり果てていようと、人それぞれ、さまざまというその有り様は、80年後のいまとてそう変わりはあるまい。

さて、その山仕事。簡単に様子を記しておこう。

昨年の火入れができず、数カ月後の5月に火を入れる予定のこの区画。まだ雪が残っているが、日陰斜面となっている北西部にあたるためだ。軽く雪をのけて、竹の積み増しを続けようと考えたが数日でとける可能性にかけた(はずれるが)。雪でしなりが大きくなった手前の竹を10本ばかり伐採して整理した。1立米のタンクを置く場所とルートを確認し、障害となる切株や灌木などを取り除いた。

晩春に学生らが火入れしたところに置いたままの500リットルタンクをひとつおろした。積雪は15センチ程度。うまくすべってくれたので、想像よりはるかに楽におろすことができた。

先客あり。足跡は小さなイノシシとタヌキだろう。2日くらい前だろうか。

倒して2年ほどたっただろうか、イヌシデの大木にキノコが生じていた。ヒラタケか。うまそうで、とりたい衝動にかられるも、こらえた。

菊芋を掘りたかったが、日が落ちてきたので次回に。2時間半ほどの作業であった。

冬来る、畑と山の備忘録#2

11月29日は快晴。ふだん通ることの少ない斐伊川右岸を車で走った。旧加茂町と旧斐川町の側である。出雲市雲南市を結ぶ幹線となっている右岸とは違って交通量が少なく、山が近い。木々は冬支度を終えた、ほっとするようななやさしさをたたえながら、残った紅葉を風とともに散らせている。そのとき、山は美しく輝いている。あぁ、気持ちいい、なんて心地よい道なんだろう。200mほど離れた対岸とは、世界が違う。いつか歩いて、その心地よさの理由を確かめてみたい。

ユーカリを庭へ定植

さて、所要いくつかを昼過ぎまでにこなした後、妻がユーカリを定植するのを手伝う。小さな庭ゆえ場所が定まらず、なかなか地面へ移せなかったものだ。思い切って塀に近くとも、庇から落ちてくるだろう雪が直撃するだろう場所を、あえて選んだ。そうした環境で育つように世話してあげるしかないのだと思って。ひとつ、高さは人の背丈までにおさえる。ひとつ、樹形を整えてなるべく垂直にたてていく。うまくできるかな。
穴の底に消炭少々、そして腐葉土、そこへ苗をおき、少しの落ち葉を側面にはさみ入れながら移し終えた。地にある生命よ、競いながら、補いあいながら、この木とともに、世の終わりまであらんことを。

山の草刈りと道の整備

2時間。短い時間であったが、山仕事。あぶなくて近寄れなかった断崖の再生竹を何本か始末した。あぶないというのは、足場の見えなさとハチの存在とほかいくつか。ハチは不在、足場もだいぶ見やすくなっていたので、1年ぶりかにとりかかることができた。あともう2日もやれば、すっきりすることだろう。
さて、気温が10℃前後となって牛にとっては快適な気候。山に入る頭数も増えていることが糞の量と場所でわかる。いつの雨かはわからないが、道が流水で、一部崩れかけているところに、少しテコ入れ。直径15センチ前後の枝木を配置するなどちょっとしたことをやっておいた。水落ち箇所にあった根株が転がり落ちていたが、牛の仕業か豪雨の際に流れたのか。根株は機会があればひろいとっておこう。手を入れたこの道は大事な道だが、長い直線なので豪雨ともなれば掘削が進む。ちょっとしたことが、今年はそれなりに保全の役を果たしたようで、崩れ方が昨年よりはずいぶんと軽いのだ。よって方針継続でのぞむべし。
車両が通るようにはしておきたい。タンクをのせて軽トラでのぼるには少々つらい登坂となっているが、雪が積もる前にやっておかねば。

堆肥づくりの新手

野積みにしたり、穴をほってみたり、箱に入れてみたり。あれこれやってみたところで、水分調整が肝だとは思う。屋根であったり蓋であったりするものとして、茅を束ねたり、笹を束ねたものが使えるのではなかろうかと。藁もそうだが、水をはじくという点では稲藁よりは麦藁のほうがいいだろう。茅かあ。しばし思案してみるべし。米ぬかはバケツをつねに積んでおいて、手に入るところでは即入手できるようにしておこう。
ともあれ、12月いっぱいは落ち葉集めを優先に。

冬来る、畑と山の備忘録#1

そう。明日は採って帰ったままのガマズミをきれいにして、ジャムにしておかなければと思い出しつつ、幾多の棚ざらし案件をあげながら、些末なまとらまらないことどもなども記しておこう。

どんぐりの実ポッド

コナラの実はもう根を出しているものもいくつか。それらを土におきつつ、ほかのものは浸水選別して、ポッドに入れていくべし。シラカシ、ツブラジイ、ナラガシワについても同様。牧場の山にありそうな他の実も、雪が降る前にひろっておこう。アベマキの大きな木があるところへは必ず。もりとはたけとうしのがっこうへむけて、どんぐりひろいの記事をつくっておこうではないか。
もう葉が散ってしまって、見分けが難しくなる樹種もあるだろうが、どんぐりのなる木ならば、幹や落ちている実で見分けがつきやすそうだ。こちらの頁など、参考にしながら。
◆どんぐりの見分け方4(どんぐりの木の樹皮)

竹ポッドもいくつかを試作のこと。まずは山で何本かを伐採しておいておく。12月いっぱいにまでに切れるものを切っておく。

火入れと消炭づくり

11月も雨が多かった。少なくともここ数年と比較してかなり多いことは気象データで確認済み。気のせいではない。多雨によって作業ができないのと、タイミングが測れないことで、12月頭の火入れは延期確定。なりゆきで1月でも2月でも時期を探ってはいこう。タンクを移動することと、竹の移動(一部の整理伐採含め)はすませておけばよいだろう。
一方で、火入れというよりは消炭づくりシーズンの到来でもある。中腹にあるタンクの移動と、エンジンポンプの試運転などをすませておきたい。

キクイモの収穫

山のキクイモをだれかが掘っている。イノシシにしては丁寧なほりっぷりである。タヌキか? 奇妙なのは、掘り起こしているだけで、あまり食べてはいなさそうなのだ。かじりかけはぱっと見たところ皆無。散乱しているが、ひろって食用とするには、獣の接触具合がわからないので、そのまま放置するか、拾い集めて燃えるゴミとして処理するかに多少悩む。放置すれば、また獣を呼ぶかもしれない。
旬はもう少し先。12月下旬から1月にかけてがいちばん美味しくなるはずである。幸い、ほりかえしていない区画もある。手をつけられないことを願いつつ、今後のことを考えねばなるまい。

落ち葉ひろいと必要なものなど

道に落ちているものは、ここ1〜2週間がラストチャンス。雨でない日はあつめておくべし。袋につめていくぶんでもいい。斐川用は袋のほうが運びやすいだろうし。
もみがらは足りると思う。藁も斐川にある。くん炭は買ったものと、ゼオライトや消炭をくだいたもので代用するか。置きっぱなしにしている消炭もあるし、D氏のところでつくることも検討。来年の懸案でよいだろうが。木嶋利男,2009『伝承農法を活かす家庭菜園の科学』講談社ブルーバックス.には、菌根菌の活性化のために施用する炭やくん炭について、《10平米あたり4kg以下であると効果は発現せず、15kg以上であると障害を発生させます》としている。つまり、10平米あたり8kgほどを目処として施用すればよいのではと考える。5平米あたりであれば4kgほど。結構な量である。1m幅の畝であれば5mほどか。ざっくり1m×1mの区画に1kgほどを入れてみるというところでどうだろう。多孔質の資材で代用するならば、ゼオライトがあるから試してみようと思う。大田の山でとれる天然鉱石を使った商品「元気農場」は20kgでおよそ1500円。カタログをみると、1平米あたり1kgを畑への施用指標としているから、齟齬はない。販売しているところがわからないから、明日、問い合わせてみよう。
菌根菌について、先の書籍で要点がよくまとめられているので、引いておく。

《菌根菌は野菜からエネルギー源として炭水化物の供給を受け、土壌中からリン酸やミネラルを集め野菜に与えるなど、野菜類と菌根菌は共存・共栄の関係にあります。菌根菌は一般的な土壌微生物との競合には弱い菌であるため、有機物が豊富で微生物活性の高い土壌には繁殖できません。また、肥料や農薬が他投入された圃場では繁殖しがたい傾向にあります。そこで、菌根菌を活性化するためには、栄養分をほとんど含まず、一般的な土壌微生物が繁殖しにくい資材を用います》

今日のところはこれまで。屋根や雨樋補修のこと、堆肥づくりのことなど、次回へ。

セイタカアワダチソウは食えるのか

3日続けての草刈り。今日は2時間半ほどであった。日は暮れているものの足元はまだ見えるという午後5時30分ほどであったかと思うが、牛たちはすでにみんな牛舎に入って搾乳をみな終えていた。

セイタカアワダチソウ群落。半分強は切り倒せたか。勢いよくバサバサできるところもあれば気をつけるところもある。斜面や窪地や切捨てたままの杉が転がっているところ、などなど。もっとも気をつけるのは残すべき草木がそばにあるとき。列挙以下。

クサギ

アカメガシワ

・ヤマグワ

ネムノキ

タラノキはできれば残しているものの、ばっさりいくことが多い。
ヤマグワとネムノキは小さく細いので、気がついたら切ってしまっていることも多々。それぞれに残す理由はあるが、クサギアカメガシワはけっこう多いので、葉っぱをとって食べてやろうという魂胆もあってのこと。それを妻に話したら、
セイタカアワダチソウをなんとかすればいいんじゃない? お茶とかできないの? そんだけたくさんあるんなら」と。
あぁ、こういうのをなんと言うのだろう。考えてもみなかった。
花は若いうちのを天ぷらにしたら美味いとは聞いたことがある。ウェブに潜ってみれば、いろいろと出ているが、どうなのだろう。次回、蕾の多く残っているものを持ち帰ってみよう。もしくはもう少しするといっせいに再生する時期がくるだろうから、そのときを狙ってもいい。
さて、できるかな。