令和4年のタカキビ餅

12月29日、今年もタカキビ餅がつけた。よかった。ほんとうに。

年の瀬にタカキビ餅をつきはじめて何回目となるかはわからない。すぐにはわからないくらいには経験を積み重ねてきたせいか、準備も当日も記録メモを都度見直しながらということはなく、頭の中にあるものと、身体が覚えているもので対応はできていたように思う。

タカキビと餅米の割合は2:8。タカキビはすべて焼畑のもの。よくみのった。やや早いと思われる9月上旬、台風通過の予報が出ていた前日に取り入れたものだ。とってみればちょうどよい熟し方であった。しっかり熟したのであるから、早めに水に浸けておかなかればならない。4日〜6日を要するが、諸事情で着手できたのは3日前。そのぶん、ひき割りにする割合を増やそうとしてみたが、加減がよくわからない。ひき割りの過程で皮の薄いものはよくむけたと思われるから、水の吸収はよくなっていたはずである。

妻とふたりでつくつもりであったが、声をかけたら6人も集まってくれることになった。慌てて餅米を買い足した。タカキビ餅2升、白餅2升をあわせてつくことに。餅つき機は1升づきのものなので、あわせて4回戦となる。蒸し過程で入れる水の量は取扱説明書の目安量より10ccましの450cc(のちほど再確認のこと)とした。1回目は二人で、試しにと白餅でやってみたが、慣れないもので、みんなが着てからだねと、2回戦の開始を後ろにずらす。

ひとりふたりとやってきて、あわせて8人揃ってみれば、ついた一升を丸餅にまとめるのはあっという間。餅を切るのが一番の技を要するのだが、慣れた人が一人入って、スイスイ。

機械が蒸したり搗いたりする間はお茶とおしゃべりで楽しく過ごす。そうした時間も含めてではあろうが、餅つきは皆さん楽しんでもらえたようで、「また来年も」という話にもなり、「杵と臼が家にあるから持ってきますよ」との声も。

実食についてはまた追記する。

来年も、また焼畑でつくれることを祈りつつ。

野生のアズキは古い川のほとりに

「秋、野生のあずきを探しに、6000年前の記憶を探しに」と、書いてから5年が経ち、いま2箇所ほどのスポットで毎年みている。最初の2年ほどはどこを探しても見当たらず、途方に暮れたと思うのだが、当時どこを探したかも忘れてしまった。あきらめ半分で、人にそれとなく尋ねるようにもなった。そういうものがあるんですよ、というくらいに。それから半年か1年たつかの頃に、いまみている2箇所を、教えてもらった。「ありましたよ。たぶんそうなんじゃないか」と。

見つける(かる)時期は9月。つる性であるし、他の植生とまじりわかりにくいが、この時期に黄色い花が目立つので、見つけやすいのだ。

さて、野生のアズキとはヤブツルアズキ(Vigna angularis var. nipponensis)のこと。ひとつのポイントでは、毎年安定して開花結実している(もうひとつのポイントでは翌年は消えたりもするが、いまのところ見つけられている)。河川ぞいに点々とひろがってもいて、じっくりと探していたわけでもなかったが、なんと数日前にツルマメ(Glycine soja)も発見した。ふたつがからみあっているので、わかりにくいでしょうが、ヤブツルアズキは褐色の蔓、実は熟して鞘は黒くなっている。ツルマメはグリーンの蔓、実は枝豆のちっちゃいやつがついている。ほんとに大豆そっくりだ。あちこちにはびこっている葛と似ていなくはないが鞘も葉も異なる。

はじめて見つけたのが10月5日で、10日後の10月15日に様子をみにいってみたが、採種にはまだ早かった。もっとも密生しているところは見事に刈られ、すみにかためられていた。水路の堰のそばであったからだろうが、なぜここにと考えたときに、あぁやはり上流から流れてきたものかもしれないと。

来歴についてはおぼろげに気にしている程度であったが、今日が吉日として、たどってみることにした。そして、あった。ポイントほどの群生ではないが、生きている。小さな群れで。ツルマメもいっしょだ。採種ポイントからは1kmほど河川をさかのぼったところ。かつては後谷川と呼ばれていた川のほとりだ。後谷……民俗学では、後谷、イヤ谷、寺田、これらは葬送地を意味するものとして認知されている。下の写真である。この小さな川と谷は明治19年に大規模土木工事によって改変された場所でもある。

ツルマメはウェブサイト「松江の花図鑑」にもある。2012年10月13日、玉湯でまだ青い果実だ。このポイントと標高は20m程度しか変わらないと思う。開花、結実とも栽培大豆とほぼ同じなのだろう。

ツルマメと似た野生種にヤブマメがあるが、「三河の植物観察」をみると両者を比較した違いを写真とテキストでわかりやすく示している。ツルマメは「小葉が細く、花の長さが短く、小型。果実は全体に毛があり、種子の表面もざらつく」と。ヤブマメは「小葉の幅が広く、花の長さが長く、やや日陰を好む」と。

10日から14日後を目安にまた来てみることとしよう。

クサギナを採って煮て干す

クサギ。シソ科の低木で、夏に咲く花は、ジャスミンに似た香りを漂わせる。草木染めではおなじみの植物であって、青がとれるのは藍とこのクサギだけだ。珍しい植物ではないが、そうひんぱんに見かけるものでもない。そのクサギ。焼畑をしている奥出雲町佐白のダムの見える牧場内で、最近多く見かけるようになった。いくつか思いあたる節はあるものの、なぜかはよくわからない。ただ、ほんとうに、あそこにも、ここにも、というようにどこにでもある。成育も早く、あっという間にいちばん目立つ樹になってきた。仕事の手を休め眺めていると、思うのである。食えたらいいのになあと。人として自然な感性の発露ではあろう。
そして、食えるのだ、実際。食えるということはわかっている。問題はいかにして食うか、である。
同時に気になることがあった。紙とウェブを問わず、やたらと「臭いからクサギ」「悪臭」「なんでも食べるウサギもこの木だけは食べない」という記述が並びたっている。おそらく、食べたことも、嗅いだこともんなく、どこかで書かれたものをそのまま写してしまうからであろう。それら記事のなかでも、実際、食べたことのある人は「それほど強い臭いではないし、もっと臭い木はある」というトーンとなる。
私も、最初はおそるおそるちぎって嗅いでみたものだが、独特の香りはあるものの、悪臭であるとは全く、本当に全く思わなかった。件の記述を拾うなか、理由として次のことを考えた。

1. 臭いに対する個人差……いやがる人とそうでない人がいる。どんなものもそうだろうし、あるだろう。
2. 季節による……山菜としてとるのは6月までのようだ。夏・秋には臭いがきつくなるのかもしれない。私も夏・秋にはちぎっていないので、確かめてみよう。
3. 煮るときには匂う……実は2日ほど前に試してみた。臭いはしますが、臭いとはとうてい言えない。むしろ好感。どこかで嗅いだことがあるなあと。シソ科ゆえに、赤しそに似ている気がする。
4. 昔ほど匂わなくなっている!……及川ひろみさんのコラムで言及されている。cf.《宍塚の里山》49 美しい花を咲かせる「クサギ」は臭いか

それはさておき、食うために、である。
出雲圏域で郷土食資料をざっくり縦覧した限りでは、奥出雲の横田地区にみられる程度であるが、県境をまたげば、広島県岡山県の山間部には食習の残るところも多い。道の駅でふつうに売られているらしいとも。確かめる機会は夏にと思う。食欲増進にいいようで、夏バテ解消にもなるかもしれん。

採取の仕方、調製の仕方に、さほど大差はない……ともいえるが、「10時間ゆでる」から「さっとゆでる」までの幅はある。そのあたり捨象しながら、以下のように採取と調製をまとめた。

1. 採取時期は5月〜6月。6月に採るというところも多い。とりやすいのは6月に入って大きく葉が展開している時期だろう。5月では小さい。葉は卵の大きさくらいとも、もう少し大きなものとも。今回はバラバラの大きさで採った。葉が大きすぎると食すときに、くだきにくいのではないか、あるいは煮沸の時間がより長くなるのではないか。一方で小さすぎると、味や香りが薄くなることもあるだろう。

2. 調製は、採ったその日に煮沸すること30分。その後一晩おいて、水でさらして、日干しする。6月後半の暑い日であれば、1日でパリパリに乾く。灰や重曹を加えて煮た方がよかったのか、まずはそこが試される調理編は、近日実施予定。

 

令和3年のタカキビ餅

12月28日、タカキビ餅を搗いた。餅搗き機を用いて、ではある。臼も杵もない。でも、餅を搗けたという安堵感とも充実感ともいえるものがたしかにあるのは、餅がひとりでは決して搗けないものだからだろう。去年はcovid19の影響もあり、妻とふたりで搗いた。今年は6人ほどが集まって、10升近く搗いたろうか。2升づきの餅つき機2台を使って、8時から11時ごろまでの仕事はあっという間だ。「よいお年を」。そう声をかけあうのは、年を越すことの当たり前が必ずしも当たり前でないということの証でもあろう。

さて、今年のタカキビ餅。配合は例年と同じ。もち米1升6合にタカキビ4合。タカキビはミキサーで軽く挽き割ったものを、2種類の篩で3つにふりわけて、粒の大きなものを浸水4日、小さなものは一晩の浸水とした。粉は小瓶に少しほどだったので、蒸すときに上にふるうのみ。水の量は2升炊きの標準700mlよりやや多い750mlとした。ちょうどよい分量だったと思う。

今年は火入れもできず2年目の場所も柵がつくれる場所ではなかったので、山ではなくすべて畑のもの。オリゼ畑が半分、斐川の畑が半分である。量としては。斐川の畑は熟し切ることできずに収穫したので、茶色ではなく全体に黄色っぽい実であり、おそらく水分も吸いやすく砕けやすいのだと思う。つきたてを少し頬張った印象としては、加減として、ちょうどよいやわらかさと味になっており、美味い。

そのあたり、実食してまた追記したい。

来年は、焼畑でつくれることを祈りつつ。

◆令和4年1月9日追記
焼いたタカキビ餅をぜんざいで。
ところどころかたい粒が残っているが、それがまたよい。ちょうどいい按配である。今年は焼畑でしっかり熟したものが収穫できるはずなので、粒がより固くなるはず。ひき割りの量を多くすることで同様の旨さをひきだすべく精進しよう。山の畑でもつくらなかったことで収量すくなく、餅に使った4合ぶんとスリランカカリーのライスに使った2合ぶんほどでほとんどを使い切った。あと2合ほどを残しているが、春すぎにはなくなるだろう。種子としてとってあるものが3束ほどある。
そして、雑穀種子の整理をぼちぼちとすすめよう、春へむけて

ガマズミの若い小枝はよくしなる

令和3年11月19日。今宵は満月であったか。ニュースで月食のことを知る。昨日、大社町からの帰路、車のフロントガラスを通して、東からのぼる大きな明るい月を観ていたのだった。明日が満月ねとiphoneを手にしながら妻は言った。そう、それは昨日のこと。

今日は午後から奥出雲の山へ。伊賀平山、羽内谷(はないだん)。撮影取材で山々が遠望できるところをと要望したところ、ふだん行けないようなところまで案内いただいた。羽内谷はかんな流しの史跡があるということをはじめて知った。昭和50年代まで砂鉄採取が続いていたとのことだ。驚いたのは、その史跡の奥にぽつんと一軒の民家があって、水田が開けていたことだ。集落があって、次第に移転していって残った一軒なのではないようだがどうなのだろう。

楓の紅葉が盛りの頃であるが、車中からみえた、道端の大きな楓にはっとさせられる。あきらかに人が育てたものだろうからだ。山のそれとはあきらかに違う、やさしさがあって、その特有の匂いというか空気に包み込まれるような感覚があった。なんなのだろう。不思議でおもしろい。

仕事を終えたのが、午後3時半ごろだった。懸案となっている作業道の撮影に向かうには、もう陽が傾きすぎている。やや早いものの帰ることとしたが、そうだ、カメンガラ(ガマズミ)の実をとって帰ることを思い出した。
果たして、いつものところへ行き、一房を口の中に入れてみると、うん、この甘酸っぱさだよと。とりごろである。実はまだ鮮やかな色をしているものが半分強くらい。ちょうどいい時期だろう。いつもより葉が落ちているようだが、実の熟し加減はこんなもの。

あらためて気がついたことがある。小枝がじつによくしなる。ためしにひとつ折って持ち帰った。柴をまとめて結わえるのに使ったという言い伝えは理にかなったものだと認識できた。すべての枝がそうではない。やや若い枝なら紐のように使える。山へ”芝刈り”に入る際、ガマズミのあるところを頭に入れておき、集めた柴木が束になるタイミングとガマズミがある場所とが一致するように動くこと。当たり前すぎることだったのだろうが、世代としても個としても山から遠ざかった身には、技能訓練を要することとなる。

まこと、赤子が這うような動き方ではあろうが、糸の先くらいのものがつかめればいいし、なんら得るものなく、無に帰すことになろうが、それもまたよし。そう思いながら、持ち帰った小枝がしなる感触を何度も動かしながら確かめる夜。月食のときは過ぎ、望月の光を想像しつつ。

ヌルデ雑想

ヌルデの紅葉は、ハゼノキやヤマウルシの鮮やかな真紅とはちがって、遠目には目立たない。緑色を残しながら、黄、赤、茶がまじったような風合いだが、近寄ってみれば存在感もあって美しい。塩木とも呼ばれる(た)所以たる、リンゴ酸カルシウムをふく実は、その塩をふいたような粉もすっかり洗い流されているようだ。今年もなめることはかなわず。
なめるには10月初旬だろうか。まだ葉が色づく前に見つけねばならぬようだ。その頃には他の木々の緑に囲まれてわかりにくいものだろう。だから、今年目星をつけておくのだという意識というか意地もあって、ヌルデが毎日のように目に飛び込んでくる。車で山の端を通るたび、中から、あ、あそこにも、ここにも、と、こんなにたくさんあったんだと驚くほどだ。

火入れフィールドで目にすることはほぼなかったと記憶しているが勘違いだろうか。見逃していただけだったのかもしれない。タラノキクサギアカメガシワなど他の先駆樹に比して成長が早くないのではないか。少なくとも奥出雲町佐白近辺ではそう見える。ただ、近隣の林縁ではしばしば3mを超えるような大きなものを目にする。

粥杖、幸い木、負い木……。民俗学からの関心から注目するようになった木ではある。見分けのつきやすいこの時節、できるだけ見ておこう。

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フシノキという名のもとでもある五倍子(附子ふし)も多くはないが目にした気がする。竹紙が漉けるようになったら、染めてみるのもよしか。

追記1

ヌルデが辞典等で記載されているよりも大きくならないことについて。何日か前にも引いていた岡山理大植物生態研究室のサイトにも記述があった。中国地方の気候、土質によるのか?

†. ヌルデ Rhus javanica L. var. roxburghii (DC.) Rehder et Wils.…岡山理科大学植物生態研究室

†.植物民俗学的にも注目されるヌルデ…森と水の郷あきた

追記2

負い木としてヌルデを用いたことは、菅江真澄が記している。そのことをのちほど追記しようと思う。
この写真は3年前か、静岡の焼畑フォーラムで井川に宿泊したときに撮ったもの。正月のつくりもののひとつといえようが、井川ではヌルデを使うようだ。他の地方ではヤナギ、クルミノキなども。加工がしやすい、手に入りやすいといった便や理の向きから我々は考えてしまうのだが、”魔除け”に限らず、この世界を形づくるものは斯様なことだけではすまぬものである。

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金木犀かおる10月の終わり

遅咲きだった今年の金木犀

菟原の駐車場から家まで歩いていると、鼻をくすぐるよい香りがする。はてどこの金木犀だろうと思うに、うちのだった。数日前の香り、蕾からわずかにこぼれ落ちるような若いそれとは異なるもので、すぐにはわからなかったのだ。熟したとろりと甘い香りとなった10月29日。覚えておこう。
木次町里方のこの家に暮らし始めてからこんなに遅い開花ははじめてのことだ。もともと開花時期の変動に幅があるのが金木犀らしい。これから霜がおり、冬がきて雪がつもり、春の桜を楽しみ、夏の暑さにおろおろしてる間に秋がきたら、また同じように香りを届けてくれることを願う。
  さて、キンモクセイはギンモクセイの変種であり、日本には江戸時代に雄株が渡来、挿し木で国内にひろがっていったものだ。だから自然分布はないということなどは、辻井達一,1995『日本の樹木』〈中公新書〉に詳しいらしいが、未読。二度咲きもあるらしいが、その生態も含めてもう少していねいに見ていこうと思う。つまり今年の遅咲きは二度目の開花だった可能性をいれつつ。

ウルシ属の紅葉とヌルデ備忘

時速60kmで走っている車の運転席からも、ウルシ属の真っ赤な紅葉が目につくようになってきた。多いのはヤマハゼだろうか。ほんの数日前からだ。まだ緑の濃い葉のなかに点々と、そこにいたのねとばかり名乗りをあげてくれている。ヌルデの実を今年こそ見つけてなめてみたいぞ。
ヌルデは焼畑民俗とのかかわりも深い。種子の休眠期間が長いことや地方名の多さなど下のサイトを参照されたし。

†. ヌルデ Rhus javanica L. var. roxburghii (DC.) Rehder et Wils.…岡山理科大学植物生態研究室

†.植物民俗学的にも注目されるヌルデ…森と水の郷あきた

小学館の全日本大百科には湯浅浩史が《ヌルデの果実はカリウム塩を含み、かつては塩の代用にされた。台湾のツオウ族などでは戦前まで利用していた》と記載している。台湾のツオウ族のことについて、他に知りたいのだが、鳥居龍蔵の著作集にあるだろうか。……ということから見つけたサイトを見ながら探してみたい。 

鳥居龍蔵著書・論文目録 | 民族学フィールドワークの先覚者 鳥居龍蔵とその世界

スリランカカリー3days初日。ポークカリーうまし。ただしすべて味見のみ。明日には食す。

小麦はいつ種をまき、カメンガラの実はいつとるか

カメンガラの赤い実が、葉を落とし始めた木々の間で鮮やかさを増してきた。もう少しさきだろうか、とれるのは。そう思いながら、何年か前に撮影したこの写真の日付を確かめると、12月の半ばであった。やや遅めの収穫だったと記憶する。うん、もう少しまとう。確かに紅葉の過ぎたあとくらいだった気がする。

昨年は結局取らずじまいだったので、記憶がぼけているのだ。

同様に、小麦の播種時期も曖昧だ。11月初旬に播種したこともあるが、10月中旬から下旬だったはず。早すぎて春の霜にあたったのが一昨年だった。今年は遅すぎて早い梅雨入りにやきもきもし、生育もよくなかった。さて、今年はどうするか。どうあれ11月では遅いだろう。そして、今日は10月22日である。月曜夜には浸水をして、水、木曜には播種できるようにしておこうと思う。

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アマランサスの脱穀は来週か。秋の始末と冬の準備と、あれやこれやが満載である。

令和3年10月22日備忘記

午後から取材撮影。事務所と除伐地、植林地の3箇所。植林は檜、たしか1年前の施業と聞いた。ちょうど今は地ごしらえの時期で、植林は早くて11月に入ってからだと。幼樹の緑と陽光映えるカットを撮りたいのだった。快晴の日を狙って日の出時刻から行くのがよいだろう。除伐地(間伐地)は佐白だったので、山村塾の合間をぬって行けるだろう。どんぐりの実が道に散乱していた。
案内してくださった方が、ハチの抗原検査のことを話されたので、毎年するのですかと聞くと、私は毎年ですけど陽性が出てる人は毎年じゃないかなあとの返。現場作業班ではなく事務方の人であったが、それでも毎年刺されるものだという。今時分、10月はまだまだ活動期だという。夏の暑い時期よりもやや涼しくなった秋が危ないというのは俗に言われる通り。先の植林地でも、「あの尾根を越えて谷に向かうと、ハチが多いのでよしたほうがいいですよ」と助言いただいた。ハチのテリトリーというのはおよそどれくらいの範囲なのだろうとは思うが、尾根を越えない谷単位であることは、これまでの経験からも伺いしれよう。おもしろいことだ。自然農のT氏が「夢は谷まるごと買い取って農地にすること」とおっしゃっておられたことを思い出す。

時間があったので、山の草刈り。雨が降る直前までセイタカアワダチソウが群落形成しているところを中心に40分程度ほど。刈払い機の刃はもう変えないといかん。

カメンガラ追記

カメンガラとよく似た樹と実があり、違いはどうなっているのだろうと。ざっと調べてみたところ、「森と水の郷あきた」の樹木シリーズ45に詳しくあった。また、ガマズミについて全体にわかりやすく丁寧に整理してあって、ことに果実については要を得ていて得心したので、引いておく。

果実・・・核果で、9~10月に赤く熟し、霜が降りる頃になると、白い粉をふいて甘くなり、食べられる。クエン酸が豊富で酸味が強く、レモン果汁に似ている。食べごろに熟すと、甘味も増して味のバランスが良くなる。果実が黄色に熟す品種をキミノガマズミという。》

そうなのだ。白い粉をふいた頃がとりごろだった。それは「霜が降りる頃」である。忘れぬよう覚えておこう。

ほか、このサイトの記述で得心したのが「鳥がよく食べる」ということの指摘。あぁ、そうだったのかと。挿し木にして育てたものを庭に定植して2年目。たくさんついていた実がすっかり少なくなっていて、落ちたのか鳥が食べたのか、気になっていたのだ。食べる鳥については、ヒヨドリツグミジョウビタキ、キジ、キジバトコジュケイメジロオナガアオゲラ、ヤマドリなど」とあげている。ここまであげているのなら、うちの場合、スズメではなかろうかと思う。メジロオナガヒヨドリも考えられるが。

肝心のガマズミの見分け方だが、ミヤマガマズミとガマズミについては鋸歯の有無がわかりやすそうだ。

†.ガマズミの葉・・・円形で側脈が目立ち、表裏とも全面に毛が生え、特に葉脈は長い毛に覆われ、フサフサした手触り。葉柄に粗い毛が多い。 

†.ミヤマガマズミの葉・・葉先は急に細くなって尖り、縁に浅い三角形の鋸歯がある。葉柄は赤みを帯びることが多く、長い毛が散生する。

クサギ雑録

火入れの計画が流れてしまい、ひたすら草刈りを続けるなか、とても目につき気になる木がある。ひとつはホオノキ。高木になるものであるし、葉が目立つので、できるだけ切らないようにしてきた。それでも切ってしまうものだが、ここ2年で生き残ったものはぐんと背を伸ばした。そしてもうひとつがクサギ。とくに夏を過ぎてから目立つようになった。こちらは低木であるし、伐採地が森になっていけば消えていくものだろし、かなりの数にのぼるので、あまりに気にはとめていなかったものの、背丈をこえるものが出てきて、こんなにあったんだと驚くほど。

臭木と書くように、臭いというが意識したことはない。花の香りはジャスミンにも似てよい香りである。葉をとろうとすると臭いのだろう。
さて、以下は書きかけではあるが、公開してのち加筆していきたい。

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■広島県北にあったクサギナの食慣行

クサギナの食べ方についてもっとも詳しく書かれているものは、手元の資料では、『聞き書広島の食事』1967,農文協。神石郡油木町の聞き取りに「季節素材の利用法」のひとつとして出てくるほか、救荒食として県全域に見られた食慣行としてあげられている。前者の抜粋は以下。

くさぎな(くさぎ) とって帰ると、すぐに大釜でさっとゆでて水にとり、固くしぼってむしろに広げて干す。二日くらい日に干すとからからに乾く。これを缶や袋に入れて保存しておき、味噌汁の実やだんご汁の具、混ぜ飯の具にして、年中食べる。炒め煮も喜ばれる》

後者についてだが、明治までの救荒食として、くずだんご、ひえだんご、じょうぼ飯(りょうぶ)、たんばもち(ヤマコウバシ:クロモジ属)、笹の実だんご、どんぐりのだんご、以上6つをあげた次に、昭和初期の食の知恵のなかに出るのだ。
いずれも救荒食というよりは、主食を補う日常の食としてである。クサギナとリョウブはならべて挙げられることが他の地域では多いのだが、クサギナはより新しい食材ということだろうか。山の植生変化などとも関わりがありそうで興味深い。

くさぎな汁 くさぎなの若芽を摘み、ゆでてあく抜きしたものをそのまま汁に入れるか、乾燥保存して使う。一年たったものがおいしいといわれる。粃やくず米の粉でつくっただんご汁に入れたり、白あえにして食べる。》

くさぎな汁のほかに挙げられているものは、大根葉のぞうすい、あずりこ、かんころ、うけじゃ、かもち、である。これだけではなんのことかわからないだろう。そう、大事なものはそういうものだ。思い切ってすべてあげておく。

あずりこ 白菜や大根を切りこんで、味噌または醤油味の汁をつくり、これにそば粉をふりこんだ料理である。「あずる」というのは、神石郡で「補給」という意味に使われる。》

そば粉のふりこみ方が気になる。そばがきとは違うし、つぶ食でもない。が、粒で粥のように食していたかたちの残存か、などと。

かんころ さつまいもは、そのまま蒸したり焼いたりして食べるほか、かんころにして保存しておき年中食べる。かんころは、さつまいもをそのままか、皮をむいてごく薄い輪切りにし、天日で乾燥したものである。さつまいもの堀りだち(堀りたて)につくるよりは、年が明けてつくったほうがうまい。このかんころは、春先から新しいいものとれる九月いっぱい、夏の暑い時期を中心に食べる。》

晩冬に天日乾燥する(できる)のは、山間部とはいえ山陽の気候がなせるものか。

うけじゃ かんころは、そのまま食べてもよいが「うけじゃ」にして食べることもある。ささげまたは小豆一合に対してかんころを五合くらい使い、ひたひたの水でやわらかく煮てきんとんのように仕上げる。塩で味をつける。暑いときは、冷たい水かお茶をかけて食べる。》

かもち 「いかわもち」がなまってこう呼ぶ。さつまいもの皮をとり、かぶるほどの水を入れてやわらかく煮る。水が少し残っているときにだんご麦(もち麦)の粉をふり入れ、すり棒(すりこぎ)でつぶす。ふたをしてとろ火で一〇分くらい蒸す。これをもちにするときには、よもぎを入れることもある。また、さつまいもにもち米やもち米の粉と小麦粉を混ぜてつくる人もいる。

かんころ、うけじゃ、かもち、すべてサツマイモの料理である。この芋の普及が、いかに救荒食として他に抜きん出ていたかを物語ってもいると思う。

さて、同書には薬効のあるものがあげられてもいるが、そこでもクサギナは出てくる。梅、青松葉、にんにく、はみ、などとともに。やや記述がくわしくなり、採取時期が初夏であったり、保存がゆでてから乾燥させることであったり。また、冬から春のふだんのおかずとして使うものだが、薬としても使用するとのことで、その際には「くさぎな汁」だという。苦味が腹によいとされ、食べすぎの際の整腸剤、虫下し、そして疲労回復にきくのだと。つくり方の一例もくわしいので、ひいておく。

《くさぎな汁のつくり方の一例は、まず乾燥したくさぎなを一日くらい水につけてもどし、しぼって一にぎりくらいを小さく切っておく。また、水につけた大豆を茶わん一杯用意して切りきざみ、くさぎなと一緒になべに入れ、大豆がやわらかくなるまで煮て、味噌仕立ての汁とする。》

農文協の聞書きシリーズは中国五県は手元にあるが、クサギナの記載があるのは広島県のみである。かといって、他県にないか、なかったかといえばそんなことはない。古い記録や調査などから大ざっぱにみるに、吉備高原をはじめ中国地方いたるところで多く見られた食である。ほか記録は四国、鹿児島、宮崎、奈良、静岡、で確認できる。

記録のみならず、特産として売り出しているのは、宮崎県椎葉村、岡山ではJAつやま、広島では庄原市比和町といったところ。レシピも豊富で、かつての救荒食を思わせるものから、豪華な晴れの食事でもあったことがわかる。おもしろい。
岡山県吉備中央町吉川の郷土料理、くさぎなのかけ飯。KBSの取材。

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■日原と横田のクサギナ

島根県内でわかる資料は限られるので、現在手元にある4つをすべてあげておく。

†. あえものとして食べるという「摘み草手帖」
宮本巌著、山陰中央新報のふるさと文庫で出ている標題の書籍は昭和53年の刊行。山陰地方の摘み草をまとめた名著である。そのクサギの項。
浜田市沖合にある馬島はかつて兎が離され、多くの草木が手当たりしだいに食されるなか、兎が口をつけない植物があることがわかった。それがクサギだという紹介のあとに、短く食し方がのっている。

《これほど臭いクサギの葉も、ゆでて(重)、水さらしにすると匂いがとれることを人は知っている。あえ物として食べる。》

†. 「日原町史・下巻」
 まず、村の生活ー救荒食の中に一行のみで簡略にこうある。

《クサギナの葉はいがいて川にさらして飯にまぜる。》

リョウボウの芽はいがいてさらし、干して俵に入れて保存しておくとあるが、クサギナではその記述はない。ただ、先にあげた『聞書き・広島の食事』と同様、おかずとしても食すのだから、利用意識は高いと思われるし、乾燥保存を旨としたことは変わらない。
採取は春。《待っていたように、芹、すい葉、こうがらせ、くさぎな等の若菜を採って汁の実・ひたしものにし、やがて蕗・蕨・ぜんまい・筍類が煮しめに出来ると共に、これを干して貯蔵した》。

†. 横田のクサギナ
 1968年刊の『横田町誌』。第七章教育と文化と生活のなかに山菜・野草・果実の簡略な一覧があってその中にクサギナがある。俗称クサギナ、本名クサギ、料理法としては油いためである。
1976年刊の『郷土料理 姫の食』は横田町食生活改善評議会が発行したものだが、提供部落:亀ヶ市として「くさぎの葉の油いため」があげられている。
作り方
1 くさぎの芽が四〜五cmくらいにのびた時にとってきてゆがく。
2 天火で乾かして保存しておく。
3 水にもどして、適当に切り、油でいためて好みの味でたべる。
勘どころ
乾燥したものを保存する場合、缶などに入れ湿気に充分注意する。

†. 飯南町のクサギナ
 2013年刊行の飯南町の植物ガイドブック』は、飯南町森の案内人会(教育委員会内)発行。この会は解散されたと聞くが、要確認。クサギはここでもクサギナと呼ばれていることがわかる。里山から山地の日当たりのよい所に広くはえる落葉低木。この特徴もどこにでも

1968年刊の『

……さて、つづきはまた。
資料として以下などをあげながら、乾燥商品が入手できればそれらの調理試食などもとりあげていきたい。
野本寛一「採集民俗文化論」

※2021年10月24日、備忘的加筆。

樹木シリーズ71 クサギ | あきた森づくり活動サポートセンターでクサギの項をみて、長野県や静岡県では「採り菜」と呼ばれたとあり、野本寛一が「採集民俗文化論」であげていた「といっぱ」とはそこからきているのかと。よってここに記しおく。

若葉は山菜・・・クサギは若葉を山菜として食用にしている。6月頃、採取した葉を熱湯で塩茹でして流水にさらしてアクを抜き(灰や重曹でもOK)、油炒めや佃煮にして食べる。茹でてから乾燥すると保存もできる。西日本では「臭木菜」、長野県や静岡県では「採り菜」と呼ぶ。禅寺の労働修行でクサギが利用されたことから「ボウズクサイ」、「オボックサイ」と、お坊さんに結びつけた別名もあったという。

笹巻き

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いい笹がとれるところは知っている。
笹巻きは毎年、どこかからいただいて、食してきた。
しかるに、ここ2年ばかり、巡り合せがなく、口にする機会がなかった。
これは、つくるしかないのではないか。
そう夫婦で話していた矢先、「笹があるなら、一緒につくりましょう」という申し出が!
かたや笹がないけれど、年間100本はつくるという笹巻き好き。
かたや笹はあるけれど、つくったことはない笹巻き食べたい人。

来年もつくるぞ〜。
忘れないために復習、復習。

そして、笹とりに入ったときに、ヒメコウゾの実を発見。はじめて食べたのですが、美味しいおいしい。これも忘れぬように(切らぬように)、保全保全

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