「畑には家の近くにある菜園場(しゃえんば)と、家から離れた畑にわかれる。前者では四季折々の野菜をつくり、それは毎日の食卓にのった。また少し離れた畑では、麦、大豆、粟、きび、とうもろこしなどの雑穀類のほか芋類、朝を栽培した。大正になると養蚕が始まり、菜園場以外は桑畑にして盛んに桑を作り養蚕をした」(新修木次町誌、平成16)
これは、<昭和30年代まで残存していたもの>として、町誌が記載しているものだ。新修版が出る前、昭和47年刊の「木次町誌」には「しゃえんば」という言葉はなかったと思う。もう一度図書館で確認してみたい。気になって仕方がないから。
件の新修版の記述は、《記憶からも消えてしまう前にここに記すものだ》として書きすすめられている。昭和47年刊の旧町村ごとに記された民俗編の詳細さと比べれば、ずいぶんとあっさりそぎおとされている。それでも、「しゃえんば」が出てくるのは編集・執筆子がもつ傾向もあるのだろうが、しゃんばがいよいよ、どんなものだかわからなくなっていく時代だったからではないか。
それが証のひとつとして、新修版では家の近くにある畑をしゃえんばと語る一方で、家から離れた畑をなんと呼ぶかがない。いや明示はされていないのだが、菜園場の次項としてある焼畑であろう。そして焼かない焼畑もあった、同箇所に「場所のよいところは削って山畑にする場合もあった」とある「山畑」は焼畑を包含する概念として「菜園畑」と対になるものではないか。
ここで仮説をたててみよう。
山陰地方において山畑という呼称は江戸の終わりごろからあらわれて、昭和30年代をもって消えていったのだ、と。
次回は、『聞き書島根の食事』にあらわれる「山畑」の比較を整理してみたい。農文協から平成3年(1991)に刊行されている「聞き書」である。この本、聞き書きされているその内容が、困ったことにいつの年代のことかがわからない。さまざまなところから類推するに、おおむね昭和20年代から30年代の生活のようだ。要するに戦後しばらくの生活。民俗調査も盛んだった頃だから、納得もされようが、これがやややっかいなのは、明治の終わりから大正にかけての生活の激変時代を通過しているという問題がひとつ。そして戦後の生活改善運動の影響をどうこうむっているのかがよく見えないということ。このふたつに留意したい。したいのだが、そのためにはもっともっと読み、聞きを重ねないと「読めない」のだと思う。ただ読める前に寿命がきてしまうことをおそれ、ここに断っておくだ。自戒もこめて。
さて、この稿では辞書からのアプローチをやってみる(おいおい整理する)。
菜園が方言としてさまざまなバリエーションをもっていることが国語辞典や方言辞典をみるとわかるのだが、島根県ではとくにその数も多いようなのだ。
日本国語辞典では「菜園」の項は、こうなっている。※数字は出典番号である。
「さいえん(菜園)」の変化した語。
*玉塵抄〔1563〕五「これからしてはたけさえんなど心がけてひっこうでいもほりしてすぎうと云に学圃とかくぞ」
*和訓栞〔1777〜1862〕「さえん 菜園也、今対馬にて、さいえんと云へり」
(1) 菜園。野菜畑。主に、自家用のものを作る畑や、屋敷内の畑を言う。 山形県139/ 兵庫県652664/ 島根県725/ 広島県054776/ 香川県小豆島・豊島829/ 愛媛県840/ 熊本県919/ 大分県938/ 鹿児島県薩摩963/ 肝属郡970
《さーえん》 熊本県芦北郡919
《さえんじ【―地】》 香川県小豆島829
《さえんば【―場】》 青森県三戸郡083/ 兵庫県加古郡664/ 島根県725/ 広島県高田郡779/ 山口県阿武郡797/ 香川県綾歌郡・高見島829/ 愛媛県840/ 熊本県球磨郡919/ 鹿児島県肝属郡054
《さえんばた【―畑】》 静岡県磐田郡546/ 島根県石見725
《さえんばたけ》 青森県三戸郡083/ 新潟県佐渡348/ 島根県石見725/ 熊本県南部919
《さえんばつけ》 鹿児島県肝属郡970
《しゃーえんどころ【―所】》 熊本市919
《しゃえん》 山梨県455/ 南巨摩郡465/ 愛知県知多郡569/ 兵庫県淡路島671/ 和歌山県東牟婁郡704/ 鳥取県西伯郡719/ 島根県725/ 徳島県811/ 香川県829/ 愛媛県840
《しゃえんじ》 山梨県南巨摩郡465/ 徳島県811/ 香川県大川郡・香川郡829
《しゃえんじり》 徳島県那賀郡813/ 愛媛県宇和島市040
《しゃえんば》 福井県武生市430/ 島根県725/ 香川県大川郡・三豊郡829/ 熊本県北部058919
《しゃえんばた》 愛知県中島郡567
《しゃんば》 島根県邇摩郡725
《せーん》 青森県上北郡082
《そえん》 鹿児島県大隅963
(2) 野菜類。 岩手県九戸郡088/ 新潟県佐渡 「さえん売り」348/ 長野県上伊那郡488/ 静岡県磐田郡546/ 山口県大島801/ 愛媛県840/ 高知県864/ 高知市 「うちの畠でさえんは充分に作ります」867
《さえんもの》 青森県三戸郡083/ 山形県139/ 福島県相馬161/ 新潟県佐渡352/ 静岡県520/ 兵庫県加古郡664/ 山口県防府市791
《しゃうえんもの》 愛知県海部郡・名古屋市549
《しゃえもん》 徳島県810
《しゃえん》 山梨県南巨摩郡463/ 長野県上伊那郡488/ 下伊那郡492/ 岐阜県羽島郡498/ 愛知県尾張567/ 愛媛県840/ 高知県861
《しゃえんもの》 山梨県 / 南巨摩郡465/ 愛知県名古屋市562/ 島根県出雲・隠岐島725/ 徳島県809/ 香川県仲多度郡829
(3) 野菜を作ること。畑作。 青森県三戸郡 「さえんする」083
《しゃえん》 愛知県名古屋市562
《せーん》 青森県上北郡082
一方「山畑」はどうか。これが意外にというかやはり(予想どおり)少ない。
やま‐ばた 【山畑・山畠】
山または山手にある畑。山間の畑地。やまばたけ。
*名語記〔1275〕六「山ばたなどにつくるきび、如何」
*為重集〔1380〕「山はたに立し烟の下蕨峰にもをにも今ぞもゆらし」
*大島奥津島神社文書‐明応元年〔1492〕一二月四日・奥島惣庄掟「さやうの人の山はたあるは、惣庄ち行となる可事」
*地方凡例録〔1794〕二「山畠と云は、村居に離れたる山方に畠地有〓之、本村下々畠よりも地面不〓宜」
方言
(2)焼畑。《やまばた》長野県上伊那郡012奈良県吉野郡688《やまはた》香川県三豊郡(山を焼いて蕎麦(そば)054《やんばた》長野県上伊那郡010
今日のところはここまで。