◆本の顔の7日間、その6。
◉ジル・クレマン、山内朋樹『動いている庭』2015,みすず書房
これは焼畑の本である。
ピンとくる人は、どこにもいない、と思うけれど、言ってみる。
庭の本でないことは確かだが、著者は作庭家である。
また、すぐれた実務書でもある、と私は思う。
なんの役にたつ本なのか?と問われても困るけれど、なにかの役に立つ本なんて実は何の役にも立たないものだが、この本はなんの役に立つかわからないのに、いやだからこそきっと役に立つのだと、強く言ってみる。
あぁ、そうそう本題。庭を畑におきかえても通じる本。動いている畑、それが焼畑。
下は同名の映画の画面ショット。みすずの本の方よりも顔としていいなと思う。中央、横切る人物がジル・クレマン。
https://www.msz.co.jp/book/detail/07859.html
みすず書房のサイトでは序文が読める。
これだけでも読んでみられることをおすすめしたい。
何年か前の火入の後、3日後くらいの様子。こんなにも菌が炭にくいついている。
◉小川真『森とカビ・キノコー樹木の枯死と土壌の変化』2009,築地書館
これも焼畑の本である。
今年島根県で開催される予定だった植樹祭は1年延期となった。
なぜか。コロナのせい? いや、そうではない。そんなことを考えさせてくれる。
原因と結果を単純に結びつけたがるのは、機械を組み立てる発想だが、生物・生命は違う。
パーツを組み立てれば機械は動く。生物はそうはならない。つねに部分ではなく全体が先にあるからだ。
そこから、病気とはなんなのか、その本質性を垣間見ることができる稀有な書。
不思議なほどに島根県の話がたくさん出てくる。
◉大園享司『生き物はどのように土にかえるのかー動植物の死骸をめぐる分解の生物学』2018,ペレ出版
これだって焼畑の本である。
「ねえねえ、死んだらどうなるの?」
「すべての生き物はね、死んだらだれかに食べられるのよ」
生と死が交錯する、食べたり食べられたりする場に、自らも同調すること、それこそが、森の本質であると思う。
焼畑は森とともにある。