大晦日と年取り

 平成30年12月31日。久しぶりに午後からの晴れ日。年の瀬も佳境をむかえた大晦日である。昨日までのところで三所の家の荷物は片付け終えていたので、少しばかりは余裕をかませるかといえばそうではない。常日頃の片付けでさえままならぬのに、やれ大掃除だの、年賀状だの、できるはずもないではないか。とはいえ年賀の葉書ばかりは午前に切手貼りなどすませ午後には投函。おくればせにすぎたしめ飾りづくりは断念していたのであとは多少の片付けか。

 まあこれとて、掃除にかまけて本当に久しぶりの晴天の機会を逃してはならぬ。雲なき空がひろがるゆえに零下3度まで気温が下がりそうだというので、とっておいた里芋や菊芋を土中深く埋めて越冬の準備をはかることを優先させた次第。里芋なんてものは外気が0℃をきったらおしまい。元来が熱帯亜熱帯の植物ゆえ種芋としては死んでしまう。細胞が壊れて腐りゆくだけの存在となってしまっては惜しいばかりか来年の畑にその姿をおがむことすらできない。なおかつ今年わけてもらって育った三刀屋のとあるお家の里芋なのだから、だいじに代をつないでいきたいもの。越冬といっても大層な口上をあげるまでもなく、畑に穴を掘って埋めるだけのことだ。それがなかなか手をつけられずにここまできてしまった。伝え聞くに20センチ下に埋めるべしと。そうするためには30センチは掘らねばならぬ。ちゃちゃっと20分もあればとは思ったものの、着替えたり場所を整えたりしていたら、あわせて小一時間はかかってしまった。

 しかし、やれやれ、これで安心がひとつふえたわけで、これも年越しの一貫ではあろう。

 

 さて正月を迎える飾りのほう。しめ飾りはないが、裏の軒先に新たに吊るした脱穀残りの稲束が3つ。2日ほど前からスズメたちが再来していたが、今朝ほどの賑わいは秋が帰ってきたかと思うくらいだった。あぁ、こうして鳥の子らも満足して年を越せるのだろうと思えば、今年はこれが我が家のしめ飾りだと思うことにした。

 動物たちに年越しは関係あるのかといえば、あるのだといいたい。かつてほとんどの日本に住む人々、とりわけ農村に住む人たちはそう考えていた。動物だけではない、鍬だろうが枡だろうが、ありとあらゆるものが「ひとしく」年を迎え、年をとるのが正月だったのだ。

 妻が読んでいる入江相政の『味のぐるり』を拾い読んでいたら、正月料理と題したエッセイにこんな一節を見つけた。

《子供のころには「もういくつ寝るとお正月」と歌って、胸をはずませて、正月を待った。それだけに、大みそかの庭の暮色に、特別の感慨を持ったものだった。このごろは、年を取ったせいか、それとも正月には年を取らないことになったせいか、正月というものに、昔ほどには、新鮮な味を感じないようになった。》

 そう、明治三十八年生まれの入江相政であれば、《正月に年を取る》のが当たり前であった時代から、そうでない時代への様変わりをひとつ身の中に感じておられたのだ。昭和四十一年生まれの私には経験し得ないことであって、その感覚を一滴ばかりでも味わえたら。

 一滴であればこの今の時代のどこかに残っているとしよう。その雫がどこからきたのか、たどっていくこともできるかもしれない。事件現場に残された血痕をたどるようなものか。なんちゃら鑑定と称せられているような手法よりはホームズを代名詞とするような推理を範としたい。

 が、今日のところは思いつきを散りばめつつ、攻め口をさぐってみる。

  年取りカブを縁起ものであってうまいものではないという平田の爺さんの話。これには大いに首肯するものだが、年取りが縁起のよいもの、祝うべきものだということと、それがカブだろうと、鍬だろうと、乞食だろうと、身分も性別も年齢も、人も動物も、植物もそのへんに転がる石ころとさえ、享受さるべきもの、分け与えるべきものとして、ひろく認識されていたことは、おそらく江戸時代になった思想のひとつの形として、とらえておくべきだと思う。

 そう。平田の爺さんの音声を起こしていない。宿題として手帳に記しておく。春には再訪したい。

 このブログ内を「年取り」で検索すると、カブと大根についていくつかがヒットする。それらの中で、佐白の赤名さんが話した年取りのことをすっかり忘れていたので、ここに一節を再録して締めとする。

《●年取りカブ(正月カブ)

・聞かんなあ(何かひっかかる感じ)

・年取りという言葉は、年に3回だか4回だか使っていた。節分の前の日、旧正月の前の日、大晦日の日か。》

 「クマゴ、地カブ、キビ」

  年取りというコトバを使っていたのは、節目の前日。まさに今日、大晦日もそうであって、元旦の日ではないということに、まだ考えていないポイントがあると思う。しばらく考えてみる。

 【参考】

日本国語大辞典小学館)より

† ねずみの年取り:正月に鼠にも年取りをさせるといって、餠などを与える習俗。長野県など各地に現存。

† なべかま の 年取:小正月に炊事具や農具をみがいて並べ、餠などを供える行事。東北地方に多い。道具の年取り。

† どうぐ の 年取り:小正月などに、農具などを洗って、餠や供物を上げてまつる年中行事。

† 大根の年取り:(新潟・長野で)10月10日の十日夜(とおかんや)のこと。この日に大根畑に入ってはいけないという。大根の年越し。大根の年夜(としや)。

† おんなの年取→方言:(1)正月一四日。《おんなの年取》福島県会津《おんなのとしこし》宮城県仙台市 (2)一月一五日に女が一日休養すること。《おんなの年取》宮城県栗原郡

† 年取物:年の暮れに用意する正月の飾物や必要品。正月を迎えるのに必要な品物や費用。

† 年取餠:正月に吉例として食べる餠。*俳諧・七番日記‐文化11(1814)一月「藪陰やとしとり餠も一人づき」

→方言:正月のために、暮れの二八、九日ごろにこしらえる餠。《としとりもち》和歌山県日高郡

† 年取豆:節分に蒔く豆。自分の年齢の数だけ拾って食べるのでいう。としのまめ。

年取米正月を迎えるために用意する米。

† としとり‐ひけぎ 【年取火埋木】 「ひけぎ」は火埋(い)け木の意)→大晦日から正月にかけて、火を絶やさないために、囲炉裏にくべる太い薪を、福岡県・熊本県などでいう。

† としとりの飯(めし):大晦日の正式食事。多くの地方で大晦日の晩飯を年取りの祝膳にしている。

† 年取魚:年取りの行事の食膳に白飯とともに吉例として必ず付ける魚。塩鰤、塩鮭などを使う。

 

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