春焼き地のモチアワが出穂です。勢いはありませんし稔りは薄いでしょうが、7月13日(下の写真)の惨状からすればよくぞここまでという感があります。シカにもウシにも食べられました。出穂前というのは、茎が美味しいのでしょうか。

そして、本日、すなわち2017年7月31日のモチアワが下の写真です。

ちなみに昨年、2016年8月3日のモチアワはこちら。稔り方の違いがわかるかと思います。

続きましてタカキビです。
まず7月13日。こりゃダメだわと思いました。

が、ここまで回復はしています。

そして、ヒエ。
7月13日のこの食害のさまはひどいものだと思いました。

約20日後の7月31日の状況がこちら。
モチアワ、タカキビより状態は悪いのですが、この勢いがどこまで続くか、ですねえ。

これから夏の盛りの1ヶ月は光合成能力をいかんなく発揮できるときであります。
見守っていきますよ。
応急処置の草刈りを約15分実施しました。
水曜日にまた少しやっておこうと思います。
料理の野生と文化
2017年アマランサス(赤穂)の成長を振り返る
島根県仁多郡奥出雲町佐白における竹の焼畑。アマランサスの焼畑栽培については2年目にあたる。赤い立穂を有する種を優先的に栽培すべく、新たな種を入手し育成することにした。長野県松本地方で自然栽培による育成を重ねている種である。
これを火入れ後、蕎麦と蕪を栽培した後にまくものとして試してみた今年。途上であるが振り返りつつ課題をもう一度整理してみようと思う。
◉5月18日
通称「中山」。播前にはオオアレチノギク(おそらく)が背を伸ばし始めている。中山ではオオアレチノギクが焼畑後のパイオニアプランツとして優先している。この日、そのキクを根こそぎ抜いて種を蒔いた。


◉6月4日
なかなか発芽しないこともあり何度かにわけて種を蒔いているのだが、この段階でも発芽は認められなかった。

◉6月10日
待ちに待った発芽。ひとあんしん。



◉6月23日

◉7月6日
地形上、日照にめぐまれておらず、また間引きが大きく遅れたこともあるのだが、成育はよくないうようだ。


◉7月24日
夏、ぐんぐんと成育してほしい〜。

スリランカにおける混ぜる料理と多様性、そして焼畑
スリランカのカリー料理をつくっていく中でふと気がづいた。
あぁ、そういうことなのかと。
文にはなりにくい。
まとまりがつかず、何を書いているのか、わからなくなってしまうことをおそれる。
が、まずはあげてみよう、10カ条にて。おいおい整理すればよい。
①スリランカ家庭では都市にあっても薪で火を炊く場所をつくろうとする。いくつかの理由があるが、アーユルヴァーダに昇華されている家庭医学でガスの火でなく燃やす木で煮るようにという指示がなされる調理がある。思うに。それは焚きムラを要するからではないか。成分が抽出されるその過程において。
②とあるレンズ豆のカレーのレシピにおいて、材料を「まぜずに」煮込むこと、それがコツだというものがある。豆料理において比較的よくあるのではないか。これも①と同様、均一でなくすることが味とともになんらかの多様性をもたらす効果がある。熱が通って焦げるくらいの箇所からやや生煮えに近いもの、など。
③同じカリーを食べるにしても、混ぜ方、口への運び方、咀嚼から飲み込み方によって、味わいが異なることは理屈でもわかろう。手で食べるのか、スプーンで食べるのかによっても、それは大きく異る。
④日本のカレー、それはスリランカ(インド)から英国にもたらされたものからの独自進化でもあろうが、最大の違いは、すでに混ざりきっているものが日本式カレーであることだろう。
⑤多様性に価値を見出すことのできる文化は、死を単なる無とはとらえていないだろう。死こそが豊穣=多様性をもたらす。
⑥聖人にも悪人にも等しくもたらされるのが「死」である。なんと素晴らしいこと。すなわち人の世の価値とは異なるもの。
⑦秩序と混沌。この対比を「光と闇」というイメージに集約させようとするものは何か。
⑧夜は闇ではなく無秩序ではなおさらない。むしろ昼の太陽よりははるかに「秩序」に近い側にあるものが夜(の時間)である。月は規則正しく満ち欠けを繰り返し、星座とその位置の変化は季節とともに方位を導き、遠い航海を可能にするものだった。
⑨食べることは、土を知ることと深いつながりをもっている。
⑩焼畑の本質は、土に多様性をもたらすこと、すなわち「死」をそこに生じせしめることにあるのではないか。焼畑を単なる生産手段としてとらえているのではわからない、そこは。そしてスリランカの焼畑の伝統にはその智慧が残されている。
アマランサスの発育状況と「神の穀物」の由縁と
◉アマランサスの発芽のこと
今年は焼畑2作目として播種しているアマランサス。
ざっと以下のことを考えている。
・吸肥力が高いその性質から2作目向きかもしれない→収穫量はどうか(単純比較はできないが)
・急斜面で日照不十分なところではどうか&昨年は9月の秋雨で倒伏がひどかった。
・赤穂を選抜したい→新しい種を取り寄せ(A地点)&赤穂から種取したものだけを播種(B地点)
結局播種が遅れ、発芽もかんばしくなく、昨年より1ヶ月遅れの収穫かと思っていたら、意外においついてきている感はある。
▼昨年(2016年)7月9日時点のアマランサス

▼今年(2017年)7月6日時点のアマランサス
A地点…急斜面・日照不十分/前年夏火入れ〜秋冬で蕎麦と蕪栽培/入手した赤穂を播種

B地点…段丘地・日照良し/前年夏火入れ〜秋冬で蕪栽培/赤穂から種取したものを播種

◉神の穀物と呼ばれる由縁(1)
アマランサスの説明をする際に、インド・ネパールでは「神の穀物」と呼ばれていることを常套句のように使う。神事に供物として欠かせないものであることと、他の穀類が干魃で不作となってもアマランサスだけは稔りを約束してくれるからだと。しかし、乏しい知見に基いておるので、薄っぺらいなあと自分でもよく思う。せめて資料を再読し、あたるべき文献にもあたっておこうと思った次第。
今回は(1)として。
概要は、アマランサス・キヌア研究会のシンポジウムのレポートをみるのが早いと思います。それらの中でのべられる特徴としては以下の内容が代表的。
【アマランサス】
・主な栽培種は Amaranthus hypochondriacus(センニンコク)、 Amaranthus cruentus(スギモリゲイトウ)、 Amaranthus caudatus(ヒモゲイトウ)。
・主な栽培国は、アメリカ合衆国、メキシコ、ペルー、中国、インド、ネパール。日本国内では岩手県、長野県等。
・環境適応性が高く、熱帯、温帯、乾燥地帯での栽培が可能。(→悪条件下での栽培に可能性。未来の穀物として期待)
・光合成能が高く、生長がはやいC4植物。
播種から収穫までの期間が短い。品種による差異はあるが3〜5ケ月である。干魃に強い。種子の収量(1〜3トン/ヘクタール)は穀物の中では平均的。
・国内における栽培の課題は、倒伏しやすさ、種子サイズが小さい(直径約1.5mm、千粒重量約0.7g)ことによる脱穀選別の難しさなど。
・利用法は、米との混炊が一般的。ポップ菓子や、パン、ビスケット、麺、 食酢にも。
◉南峰夫・根本和洋の「ネパールにおけるセンニンコク類の栽培と変異」
2003年に北海道大学図書刊行会より発行された『雑穀の自然史ーその起源と分化を求めて』に所収されている論文である。いくつかのポイントをひいておく。
《私たちは1982年以来、ネパールのほぼ全域においてセンニンコク類の調査と収集を行った
収集したセンニンコク類の種子サンプルは399系統である。センニンコクは347系統で大部分を占め、ヒモゲイトウは52系統である》
《センニンコク類の栽培は、乾燥した西側の灌漑設備がなく天水に頼る中山間地の僻地ほど多い。……(中略)……標高90mから3400mまでの幅広い標高に分布し、
1000m〜3000mのあいだに大部分のものが見られる》
《ヒモゲイトウのほとんどは1500m以上に分布し、1000m以下では収集されなかった。ヒモゲイトウがセンニンコクより乾燥と高温に弱い(西山,1997)ことを裏付けている》
ネパールでの呼称の分布は3つにわかれるとしているが、インド北西部(ビハール州・ウッタルブラデシュ州)とネパールのタライ平野に見られるramdanaが、神の穀物と称されるものにあたる。
ramはヒンドゥー教の神のこと、danaは穀物の意であると、この論文では簡単にふれている。ここらはインドでの利用、栽培、神事での位置づけなどについて、他の論文をあたってみる必要がある。
というわけで、今日はここまで。
「いまの日本酒は技術力」という言葉の意味
人がものをつくる過程において、さまざまな制約が、つくる人にのしかかる。時間、空間、材料、天候、などなど。時代によってそれらの比重は変化するが、本質は変わらない。制約要素そのものの数は計量可能であり、書籍の目次のように列挙はできる。だが、組み合わせは無限ともいえるほど存在し、少なくとも人間ひとりの処理能力の限界を超えている。だからこそ究極において「勘」による決定が、つくるものの質を左右するのだ。
勘と経験が混同されるようになった。いや経験という言葉の意味が変質したのだろう。経験値、経験知といわれるように、それは計量可能なものとしていまや多くの人が認識している。経験は「積む」ことで蓄積されるのだと。あるいは体験という言葉もそうであって、○○体験なるものが泡のように世間に溢れ出している。
よしあしでもなく、憂えているわけでもない。
そうした世の趨勢にあって、「ものそのもの」に向かう職から受ける示唆を大事にしたいなと思った土日の2日間であった。
また加筆したい。酒蔵で杜氏の話を伺う機会をへて、考えたこと、考えてみたいことについて。



しゃえんば
「畑には家の近くにある菜園場(しゃえんば)と、家から離れた畑にわかれる。前者では四季折々の野菜をつくり、それは毎日の食卓にのった。また少し離れた畑では、麦、大豆、粟、きび、とうもろこしなどの雑穀類のほか芋類、朝を栽培した。大正になると養蚕が始まり、菜園場以外は桑畑にして盛んに桑を作り養蚕をした」(新修木次町誌、平成16)
これは、<昭和30年代まで残存していたもの>として、町誌が記載しているものだ。新修版が出る前、昭和47年刊の「木次町誌」には「しゃえんば」という言葉はなかったと思う。もう一度図書館で確認してみたい。気になって仕方がないから。
件の新修版の記述は、《記憶からも消えてしまう前にここに記すものだ》として書きすすめられている。昭和47年刊の旧町村ごとに記された民俗編の詳細さと比べれば、ずいぶんとあっさりそぎおとされている。それでも、「しゃえんば」が出てくるのは編集・執筆子がもつ傾向もあるのだろうが、しゃんばがいよいよ、どんなものだかわからなくなっていく時代だったからではないか。
それが証のひとつとして、新修版では家の近くにある畑をしゃえんばと語る一方で、家から離れた畑をなんと呼ぶかがない。いや明示はされていないのだが、菜園場の次項としてある焼畑であろう。そして焼かない焼畑もあった、同箇所に「場所のよいところは削って山畑にする場合もあった」とある「山畑」は焼畑を包含する概念として「菜園畑」と対になるものではないか。
ここで仮説をたててみよう。
山陰地方において山畑という呼称は江戸の終わりごろからあらわれて、昭和30年代をもって消えていったのだ、と。
次回は、『聞き書島根の食事』にあらわれる「山畑」の比較を整理してみたい。農文協から平成3年(1991)に刊行されている「聞き書」である。この本、聞き書きされているその内容が、困ったことにいつの年代のことかがわからない。さまざまなところから類推するに、おおむね昭和20年代から30年代の生活のようだ。要するに戦後しばらくの生活。民俗調査も盛んだった頃だから、納得もされようが、これがやややっかいなのは、明治の終わりから大正にかけての生活の激変時代を通過しているという問題がひとつ。そして戦後の生活改善運動の影響をどうこうむっているのかがよく見えないということ。このふたつに留意したい。したいのだが、そのためにはもっともっと読み、聞きを重ねないと「読めない」のだと思う。ただ読める前に寿命がきてしまうことをおそれ、ここに断っておくだ。自戒もこめて。
さて、この稿では辞書からのアプローチをやってみる(おいおい整理する)。
菜園が方言としてさまざまなバリエーションをもっていることが国語辞典や方言辞典をみるとわかるのだが、島根県ではとくにその数も多いようなのだ。
日本国語辞典では「菜園」の項は、こうなっている。※数字は出典番号である。
「さいえん(菜園)」の変化した語。
*玉塵抄〔1563〕五「これからしてはたけさえんなど心がけてひっこうでいもほりしてすぎうと云に学圃とかくぞ」
*和訓栞〔1777〜1862〕「さえん 菜園也、今対馬にて、さいえんと云へり」
(1) 菜園。野菜畑。主に、自家用のものを作る畑や、屋敷内の畑を言う。 山形県139/ 兵庫県652664/ 島根県725/ 広島県054776/ 香川県小豆島・豊島829/ 愛媛県840/ 熊本県919/ 大分県938/ 鹿児島県薩摩963/ 肝属郡970
《さーえん》 熊本県芦北郡919
《さえんじ【―地】》 香川県小豆島829
《さえんば【―場】》 青森県三戸郡083/ 兵庫県加古郡664/ 島根県725/ 広島県高田郡779/ 山口県阿武郡797/ 香川県綾歌郡・高見島829/ 愛媛県840/ 熊本県球磨郡919/ 鹿児島県肝属郡054
《さえんばた【―畑】》 静岡県磐田郡546/ 島根県石見725
《さえんばたけ》 青森県三戸郡083/ 新潟県佐渡348/ 島根県石見725/ 熊本県南部919
《さえんばつけ》 鹿児島県肝属郡970
《しゃーえんどころ【―所】》 熊本市919
《しゃえん》 山梨県455/ 南巨摩郡465/ 愛知県知多郡569/ 兵庫県淡路島671/ 和歌山県東牟婁郡704/ 鳥取県西伯郡719/ 島根県725/ 徳島県811/ 香川県829/ 愛媛県840
《しゃえんじ》 山梨県南巨摩郡465/ 徳島県811/ 香川県大川郡・香川郡829
《しゃえんじり》 徳島県那賀郡813/ 愛媛県宇和島市040
《しゃえんば》 福井県武生市430/ 島根県725/ 香川県大川郡・三豊郡829/ 熊本県北部058919
《しゃえんばた》 愛知県中島郡567
《しゃんば》 島根県邇摩郡725
《せーん》 青森県上北郡082
《そえん》 鹿児島県大隅963
(2) 野菜類。 岩手県九戸郡088/ 新潟県佐渡 「さえん売り」348/ 長野県上伊那郡488/ 静岡県磐田郡546/ 山口県大島801/ 愛媛県840/ 高知県864/ 高知市 「うちの畠でさえんは充分に作ります」867
《さえんもの》 青森県三戸郡083/ 山形県139/ 福島県相馬161/ 新潟県佐渡352/ 静岡県520/ 兵庫県加古郡664/ 山口県防府市791
《しゃうえんもの》 愛知県海部郡・名古屋市549
《しゃえもん》 徳島県810
《しゃえん》 山梨県南巨摩郡463/ 長野県上伊那郡488/ 下伊那郡492/ 岐阜県羽島郡498/ 愛知県尾張567/ 愛媛県840/ 高知県861
《しゃえんもの》 山梨県 / 南巨摩郡465/ 愛知県名古屋市562/ 島根県出雲・隠岐島725/ 徳島県809/ 香川県仲多度郡829
(3) 野菜を作ること。畑作。 青森県三戸郡 「さえんする」083
《しゃえん》 愛知県名古屋市562
《せーん》 青森県上北郡082
一方「山畑」はどうか。これが意外にというかやはり(予想どおり)少ない。
やま‐ばた 【山畑・山畠】
山または山手にある畑。山間の畑地。やまばたけ。
*名語記〔1275〕六「山ばたなどにつくるきび、如何」
*為重集〔1380〕「山はたに立し烟の下蕨峰にもをにも今ぞもゆらし」
*大島奥津島神社文書‐明応元年〔1492〕一二月四日・奥島惣庄掟「さやうの人の山はたあるは、惣庄ち行となる可事」
*地方凡例録〔1794〕二「山畠と云は、村居に離れたる山方に畠地有〓之、本村下々畠よりも地面不〓宜」
方言
(2)焼畑。《やまばた》長野県上伊那郡012奈良県吉野郡688《やまはた》香川県三豊郡(山を焼いて蕎麦(そば)054《やんばた》長野県上伊那郡010
今日のところはここまで。
アワ栽培雑データ
前回、写真を取り出して、昨年の「アワ」についてふりかえってみました。
モチアワの10段階
アマランサスについては、Growth of amaranth that are grown in slash-and-burnにまとめています。
経過記録が少ないのですが、ほかのものについてもこれから急ぎまとめておきます。
さて、ここで、昨日からつらつら調べてきたことのメモを残し、加筆をまとうを思います。いつまでたってもまとまらず、いずれまた記憶からも消え、記録にならないことを憂慮しての「措置」といえましょう。
・国内にあっては、突出した雑穀生産量を誇る岩手県であり、情報もそちらが多くなります。が、われら奥出雲とは気候からして違う。むしろ西日本での栽培地を参照しておかねばと思った次第。
・たとえば、モチアワについて。
・岩手では大鎚10が収量も多く推奨品種として生産の大半をしめているようですが、アワといえば黄色のイメージ、そして和菓子原料としては黄色が重用されることから、大槌10の糯性と仁左平在来の黄色い胚乳色と大粒性をあわせもった「ゆいこがね」を育成しています。
・昨年、われらが焼畑で撒いた岩手在来も大槌系統だと思います。種は野口種苗から購入したものですが、岩手在来としか記載がありません。
「「大槌10」は1985年に上閉伊郡大槌町から収集され、その多収性により平成9年度に「岩手県雑穀優良系統」に選定された茎色が紫の糯アワである」※1のであり、また「アワの茎色は紫色が優性」 2016年8月9日撮影時には出穂しており、紫色の茎は判然としませんが、
7月9日撮影時のものだと茎の下部は紫だし、

6月28日撮影時のものははっきりと紫の茎です。

・参照資料として以下をあげておきます。
※1)仲條眞介2015〈アワ新品種「ゆいこがねの育成」〉(岩手農研セ研報14)
※2)特産種苗No.24 【雑穀類の生産状況平成23〜27年産】(日本特産農産物種苗協会)2017.2
・岩手ではソバ用のコンバインを使って収獲されているケースが多いようです。
・熊本県の湯前町では雑穀生産に力をいれいくつかの商品開発もなされています。平成27年の作付面積が、アワ95a キビ40a、ヒエ60a。ここらから、ざっくりとしたものを想定しはじめてみるのがよいと思います。
https://takuhai.daichi-m.co.jp/Goodsdetail/06304091
・農文協の『新特産シリーズ 雑穀雑穀』をじっくり読み返しています。昨年慌てて読み飛ばしていること多数。
・とりわけ、奥出雲で秋アワはできるのか、やるべきなのではないか、などということを考えました。種は春のが使えるのかどうか。出穂条件などをみて、可能性があれば試しに今年にでも。また、種が九州四国などで手に入ればそちらでも。
もちあわりんごカスタードを売れるものに
4月30日にイベントでのテスト販売を行った「もちあわりんごカスタード」。100円としたのは、完成度の低さゆえ。ぷちプリン程度の量で200円はとらないといけないですね、ざっくりとでも。飲食店内であれば260円か。もちあわの特性として雑穀のなかでは癖がなく、ねばりが特段にでる(カスタードになる)ことから、可能性はあるようです。全国的に、やろうとして失敗している前例もあり参考になります。

方向性とクリアーしなくてはならんこととして3つをあげてみます。
①原材料の検討1…もちあわとアマランサスの組み合わせがよい。このときは直前で、アマランサスの癖が強いということでもちあわだけにして出したのですが、「なんか足りないね」という感想あり。私もそう感じた。バランスだと思う。そしてりんご果汁に変わるものを何か。原価の問題です、主に。リンゴをサイコロ状にしたような固形物が得られれば。柿か、ウリか。
②穀類の精白度をあげる…皮が残っているとお菓子系はちょっとよくない。精白度をあげるためには、機械の導入もですが、粒の大きさなど「品質」がそろっていなければならんわけです。趣味的・実験的栽培を続けていても「続かない」わけで。
③チェーンの構築…原材料提供ではなく、最終形態で提供するのが少量生産の王道ではありましょう。そして少量生産にとって穀類のよい点は保存がきくということです。ならせるわけで、野菜とはそこが違う。ライン=チェーンを築くには、もっと栽培量がないとあかんです。できるだけ近隣の耕作放棄地などで栽培できればいいのですが。

「まかぶ」とは!?
三沢のUさん宅へ、土用豆があればと思い伺う。1年半ぶりくらいかも。
種まきぶんしかないということだったので、用向きははたせなんだが、お元気そうなのがなにより。それよりなにより。
後の山に咲く黄色い茎立菜。あれは、地カブ? というのでいろいろ聞いてみると。
「まかぶ」だという。
地カブともこのへんの人はいう。
年取りカブとはちがう。
年取りカブは根っこも食べられる。甘い。まかぶは根は食べられない。茎立ち菜を食べる。
まかぶは種とりもしてまくというのだ。
まかぶというんは、はじめて耳にしたし、年取りカブを知っている人がこれで2人目。でも年取りとも、年かさ?とも言われてたぞ。。。。
なんどか通わないとわからんだろうということで、今日は備忘メモとして残す。












