ここのところ、「竹林整備活用事業」について学習会などを実施している関係上、竹をみるとつい近づいて観察してしまう。今日は、奥出雲のとある山にちょっとわけいってみた。
雑木林に竹が侵入しているのだが、ある程度は間伐してあって、きれいだ。特に雪の白に青い竹は映える。
昨今、繁茂する竹を目の敵にしたような口ぶりを、とくに環境教育に携わる方々が多くするものだから、「竹やぶ=悪=駆除すべきもの」という洗脳が進行しているようで、憂慮している。今日もある環境アンケートをまとめていて、そう思った。しかし、10人に0.5人か1人は、空気に惑わされない人がいるものかもしれない。竹が侵入しはじめているとある場所への景観アンケートがある。その地点で案内者が、件のように竹を困った存在として説明したものだから、アンケートは「刈ってしまえ」のオンパレード。その中にあって、「竹は部分的には残してもよい。風にそよぐ感じがよいので、バランスがとれればよい」という一文があって、涼風が吹き抜ける爽やかさを感じた。
「困った」「大変」という立場でなく、竹の声を聴き、どう付き合っていくのかという、そんな立ち方、振る舞い方、ものの言い方を、ひろげていきたいものだ。