樹を診る

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11月14日。奥出雲町チェーンソー研修の一コマである。
 自伐林家育成のための町民向け。とはいえ、みなさん、自伐林家をめざしているわけではない。自分の山を持っている山主が9割だろうか。町では間伐材・林地残材の出荷をうながずために、搬出に助成金を出している。それでも出す人は限られているし、出荷量も出荷者数も目標としている数値を下回りがちだ。

 このことについては、また、おいおい書いていきたい。今日はこの切株をめぐっての断章を。

 檜林である。林内で3班にわかれて伐倒、枝払い、玉切りをやっていた。久しぶりの快晴であり暖かい日差しが届く。よい香りがたちこめ、午後に入ると、10本に満たないとはいえ切った木の樹冠があくことで、陽が林内に差し込み明るくなっていた。

 で、この木である。
 なかなか倒れなかったのだ。地上10mくらいのところで二股になり樹勢は弱いものだったが、他と比べても径は太め。癖があるといえばそうだが、無茶な暴れ木でもない。しかし、これが、倒れるところまでいっても倒れない。ここまでいけばと、楔を打ち込み、傾きはじめ、「おーい」と回りに声をかけても、そこから先に進まない。
 隣の班からも異常を察してか、人が集まってきて、ああだこうだと言いはじめる。やっと倒れたら、みながこの切株にどうなってるんだと集まってきた。
 写真では少しわかりづらいかもしれないが、芯が偏りながらねじれているのである。通常、そうした異常は受口をつくったときに視認できることがあるのだが、うまく隠れている。あとから、そのつもりでよーくみればわかるのだが。

 樹を診るということ。
 医療が人に向かうのと同じく、一本一本(一人ひとり)違うのだというとこがおもしろく、むずかしくも、奥深い。

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