みんな長生きしてほしいよね

「みんな長生きしてほしいよね」
と妻が言った。大雨の翌日であった。車で野菜を仕入れに隣町へ行く際、峠を越えるのだが、その降り道の急カーブが続くところで、唐突な、呟きというものよりははっきりとした口ぶりで。

ふたりは2日前、東京の高円寺にいた。暑い一日をほうぼう歩き回った夕方で、その日の最後の目的地まで百メートルもないところで、休みたいな休んでもいいのかもという気持ちに応えるように、目の前に現れた喫茶店。「喫茶 DENKEN」という店名と「OPEN」という看板だけがかかった、古い建物に蔦が絡まっていた。

妻の一言は、そこに入り受けた印象と感慨とを振り返ってもいたので、文脈としてはそこに連なるものであろう。
DENKENは創業が昭和30年ごろで、営業は70年におよぶ。創業以来その場所で働き続けている女性は90歳前後の白髪の老嬢であった。白いブラウスに黒のスカート、パンプスを履く姿もまた70年になんなんとしたものであろう。古典派ロマン派の曲が大きな良い音で鳴っていた。

あんなふうになりたい。なれたらいいな。どうしたらなれるのかな。どうするかな。
具体な話もあれこれする中で、自分自身のあり方である以上に、関わりあるみんなのあり方によるのだということが、ふと思われたのだろう。「みんな」とはそういうことだ。

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