一緒にみよ、と言われて見た。受けすぎ。
竹の焼畑2016-春焼き〜火入れ【速報版】
終了しました。
火入れ従事者15名、見学者7名。
10時15分に着火し、12時過ぎに延焼終了、15時に鎮火。
面積約7アール。
16時よりモチアワとアマランサスを3アールに播種。
残約4アールには後日タカキビ、トマト等を播種予定です。
●記録映像
竹の焼畑2016ー春焼pre4
次週より夏焼きに向けての活動開始です。
この記録は速報版ですので、詳細はまた後日!
皆さんおつかれさまでしたーーーーーー!!
竹の焼き畑2016-sec.6


タケヤブに覆われた中で生き残っていた杉の木。うち3本を倒したのですが、2本ほどは中が痛んでおりました。もう1本を切って終わりにしようとすると燃料切れ。明日にするかと道具をまとめていると、真っ白になったアマガエルがナタの柄にまとわりつきます。あぁ、鳴いておったのはお前か。
明日はここに火が入る。這って逃げるものは這って逃げよ。飛んで逃げるものは飛んで逃げよ。人には正しい行いを。命には慈しみを。地には平和を。

火入れ前の最後の調整日でした。6名でかかりました。
晴天がつづきよく乾いています。
よく焼けますように。無事焼けますように。
https://www.facebook.com/events/998548263569264/
(竹の焼畑2016-春焼きsono1)
年取りカブの種取り
明後日に迫った焼き畑の火入れ。予定外の事案が複数発生するなどして、もともとタイトだったスケジュールは押せ押せになってしまいました。暑さに唸る軽トラが奥出雲町三沢に滑り込んだのは午後4時をまわった頃。峠を越えたところにあるYさんの家に駆け込むと、用件をばたたみかけました。
◆正月カブの種について
・もういい頃合いだと思う。自家用にも少し採った(※種取りされているのか? それとも他の用途? 次回尋ねること)。
・鳥がけっこう食べていってしまった(アオドリ?)。
・それで、その後評判はどうでした?ときかれる→ほかとは違う。サラダのように食べられる。など。(あぁ、気にしておられたのだ〜と思う。作物としての評価を)
>
◆持参した正月カブの飾り付けについてのコメント
※2後述
その後みざわの館にも寄りました。倒伏したものをかき寄せてばらばらと。ふぅ。んで、苧が伸びてきているのに気がつきました。当番のOさんに聞くと名前と用途はご存じないものの、大きく伸びるやっかいな雑草という認識。
地カブ(正月カブ)と一緒にあるところが、土地の履歴を妄想させるなあ。道ばたにも何カ所か見つけましたよ、苧。
かぼちゃが斜面でよく育つ話※3もそうですが、斜面利用のあり方という視点で、火入れとともに考えてみたいものです。
※1)からむし焼き… http://bit.ly/1Tjcpxl
※3)どてかぼちゃについての岡本よりたか氏の一文
http://bit.ly/1TKKW1R
「どてかぼちゃ」(閑話休題)
若い人は知らないかもしれないが、「どてかぼちゃ」というのは悪口らしい。普通は役立たずと解する。だけど僕の経験では、土手で作るかぼちゃほど美味しいかぼちゃは無いと思う。
土手のかぼちゃは、肥料分が少ないから美味しくならないとか、日が当たり過ぎて割れてしまい、食用に適さないとからしいが、僕の常識から言えばあり得ない。
肥料分が少ないと確かに雌花が咲きにくく、実成りが悪いが、窒素分が少ない分、糖度は上がる。この糖度はでんぷん質が元になるが、これは日がよく当たれば当たるほど、光合成が加速して、沢山生成されるはずだ。
だから、肥料分が少なく日が当たり過ぎる土手は、実は少ないが美味しいカボチャが出来てしかるべきなのである。実が少ないなら、このように沢山植えつけておけばいい。
物事というのには常識というものがあり、その常識が邪魔になる事がある。昔からの言い伝えとか、慣用語とか、ことわざの現代の解釈は全て正しいと思い込んでしまうが、その中でも本来の意味を離脱してしまったものも結構あるのだ。
昔の人は、人を貶める表現というのは慣用的には使わなかった。大概、隠語としてコッソリ使われるものだったという。そのぐらい日本人というのは真っ当な倫理観を持ち合わせていたものだ。
だから、「どてかぼちゃ」は畑に植えられなくても、より美味しく育つ立派なカボチャの事だし、「おたんこなす」(普通、間抜けな奴と解する)は小さな野菜の方が実が締まって栄養価の高いナスの事だし、「とうへんぼく」(普通、偏屈な奴と解する)は個性豊かな樹木の事なのである。
何事にもそういう思考を持つと、世の中に起きることなど、多くの場合、許容できるし腹も立たない。全てを許容できれば、幸福に生きることができる。昨日起こった腹立たしいことなど、今思えば、大した事ではないはずだ。
まぁ、平和に生きようよ(笑)。
三沢の大山さん
奥出雲町三沢地区まで所要ででかける。みざわの館へ寄って地カブ(年とりカブ)の種取り用にマーキングを施すつもりであったが、ありゃりゃ、全部刈り取られていた。あ〜遅かったかあ。しかし倒れたままのそれらを見てみると、中には実が黒くなっているものもある。
次週のどこかで採取してみよう。
「ブルーシートを広げて叩いてあつめるといい」
「青いのはダメですよね」
「ダメでしょう。黒くなってないと」
とのやりとり。
大山さんのことを聞いてみると、Iさん曰く。うちの山のそばにあるよと。地蔵さんか何かの名前が大きな石に刻んであるとか。祭りはいまではやっていないし、どんなものかの記憶もないというが、大きな松があったが、松喰い虫にやられて今はないのだとか。
案内しますよ、とおっしゃっていただいた。
雲南・奥出雲の大山さん。そろそろマッピングにとりかかりたい。地図がほしい。地理院の5万分の1よりも詳しいものが手に入らないかなあ。
竹の焼き畑2016-sec.3が終了
レポートです。
5月7日のこの日は参加者5名。朝方に思わぬ降雨がありましたが、10時過ぎにはあがり、昼前からは快晴となりました。なんとか火入れが見えてきましたよ。連休の最中、いい汗をかいたみなさん、おつかれさまでした!
以下、箇条書きにて御免。
《概要》
日 時…5月7日(土)9:30現地集合〜15:30現地解散
参加者…5名
主内容…春焼き確定地の整備。作業量の確認と山手側へ火入れ地を拡大することに決定し、竹の伐倒と玉切り。意見交換、課題確認。
《確定事項》
1●燃焼テスト2回目を実行。火つきも悪く、燃焼もきわめて悪かった。これを受けて、膝上の高さ以上に材を積むことを必須とする。
†.膝上以上、腰高以下の高さに材を積み上げる。あるいは崩すこと。
2●火入れ区画の拡張
3●粟の播種量の決定……200〜300g
種の代金はカフェオリゼから出資。
《次回作業日までの調整事項》
1●火入れ予定日の参加人数の確保(最低10名)。
2●播き方を調べて、確定する。
《その他》
1●焼き畑って何?を初参加・初心者メンバーに向けて映像を見せたりするなどの勉強会・上映会を開催する必要がある。→奥出雲ラボ・多根自然博物館研修室などを候補に準備していく。
†.上映材料と機材がそろえば発車。
上映材料…椿山など。
大山あがり雑感その1
大山さん、大山祭り、大山あがり。歴史好きの年配者は、信仰の対象に関心が向きがちで、そういう話になるのだが、私が興味を寄せるのは、移ろいがちな神や仏や権現さまではなく、人々の「行為」なのである。聖よりも俗のほう。祭りのご馳走ではなく日常の食生活というような。
先日も記したことだが、奥出雲町佐白で、他の話からふと大山さんの祭りがあると聞いて驚いた。いや、あるとは思わなかった。3年間も過ごしてきて一度も聞かなかったし、地誌・郷土史・町史への記載など一切ない(はずなのだけど見落としているだけという可能性もある。これは要確認である)。
大山さんへはこの溜池の脇を通ってあがるのだときいた。なんという透き通った水面だろう。なんという芽吹きの麗しさだろう。山あがりは、やはり春、生命の息吹を感じることがその核心にあったと思うのだ。
名称も「大山(だいせん)さん」である。まず、雲南・奥出雲と県境を越えたいくつかのエリアで、地理的にこの分布を確かめていきたい。
それにしても、何をやろうとしているのか、私は。調べようと思っているのだから、その目的と方法を整理しておいてもよさそうではないか。……というわけでさくっと書いてみた。あくまで雑に。
名称:大山あがり再び
春に山へあがり飲食遊興を行う「大山あがり・大山祭り」と呼ばれる民俗祭事がある。牛馬の神への信仰がうたわれているが、その基層は古代の歌垣にまで連なることが民俗学・歴史学から考察されている。注目すべきは「滅びない」ことであり、昨今復活を目論む「講」が雲南に実在する。その構造を分析してみることと、復活に向けての提言を目論む。
雑感その1はここまで。その10くらいまでは続くだろう。思い出し思い出し断続的に。
佐白の大山さん
4月29日(金)に奥出雲町佐白の志学荒神社の祭礼に参列した折、大山あがりと粟のことで新たな見識を得たので記しておく。
●大山あがりについて
めかださんに酒席でお聞きした。
・「大山さん」と皆は呼んでいる。
・8月24日に祭礼を行う。お寺から方角をみて拝むだけ(般若心経)。愛宕神社の祭礼と(都合上)同じ日にやるのだ。
・昔はみんなで山頂まであがって飲食をした(当時も8月だったのか、春だったのかは、わからない模様)。
・いまでも8月のはじめに何人かで山頂をきれいにする。ため池のところから上にあがっていく。
・牛馬をどこでも飼っていたので。大山さんは牛馬の神さまである。
●粟のこと
以前より赤名さんに「種が残っているのならほしい」とお話はしていた。2回ほどか。改めて聞いてみた。
・十年からはたっている種だ。発芽するかどうかはわからない。
・品種名は虎の尾※。阿井の安部嘉吉(あべかきち)さんが中心となって献上用(宮内庁へか?)につくったもので、種が地元のものなのかどうかはわからない。
→課題:米はよく伝聞するが粟でもあったのか。その際の決まりとして種子は地元のものという規定があるのか、それとも配布されるものなのか、とくに規定はないのか、どうか。また、献上された粟はどのように使われているのか(祭礼などの内容含め)。
・食べた記憶はない。あったかもしれないが。少なくともその虎の尾に関しては。うるちである。
・探してみるよ
→資料(出雲国産物名疏)の複写を差し上げるので、交換かなあ。
虎の尾は、出雲国産物名疏にも記載がある。地場で継がれてきた粟である可能性は高い。
写真はこの日の志学荒神社。祝詞に三宝荒神を親神とするとあった。佐白周辺では「三宝荒神」と呼ばれるが、出雲地方における荒神とさほど相違があるわけではなさそうだ。荒神については本当に浅学のため、しっかりおさえ直しておく必要を感じた。