精読と訓読と積読と#1

机上にあるもの、手の届くところにあるもの、すべてではないが、ここに記し置く。

†. 菅豊,『川は誰のものか—人と環境の民俗学』吉川弘文館,2006年

目次をみれば一目瞭然ではあるが、本書のキーワードはコモンズ(commons)である。書名にないのが不思議なくらいである。菅は本書では次のようにコモンズを定義している。

「複数の主体が共的に使用し管理する資源や、その共的な管理・利用の制度」

そして、次の補足を付している。

コモンズは資源の使用、所有、管理という局面において、国家や政府が担う「公」的な位相と、個人が担う「私」的な位相の中間の「共」的な位相に存在する。

 菅の議論は、公共を「公」と「共」とに割り、コモンズとしての川を、国家や行政の「公」、個人の「私」、そして複数の主体が使用し管理する「共」のせめぎあいの場として捉えるものだ。そうすることで、環境政策の言葉を、歴史・履歴・民俗の位相へといったん差し戻すことができる。

しかし、この整理に違和感を感じるのは私だけではないと思う。「公」を国家・政府にかなり寄せていることがひとつ。公共政策でも社会学でも、public は必ずしも国家だけを意味しない。公共財、公共圏、市民的公共性、公共的討議といった概念整理では、むしろ国家から距離をとった市民的・開放的な領域こそが public と呼ばれることもある。

ただし、ここで菅が扱っているのは、公共性一般ではなく、川という資源をめぐる所有・利用・管理の正当性である。近世においては「旧例」や納税の履歴によって支えられていた在地の川利用が、近代国家の制度のなかで、そのままでは正当性を失っていく。そのとき人びとは、「公益」や「資源保全」といった、近代国家に通じる言葉を発見し、それを用いて自らのコモンズを守ろうとした。

私はここに、菅の議論が単なる歴史民俗誌にとどまらず、資源管理論=環境政策という舞台で、現実に「闘う」ための言葉を探している面を見る。

菅は、「川」という普遍名詞を使いながら、描いているのは新潟県岩船郡山北町を流れる大川のことである。

以下略。。ここで備忘的に私にとっての川がなんだったのかについてふれておく。

川。私が小学生の頃には、川はすでに自治から離れつつあった。1級河川、2級河川なる冠のついた河川名が、真新しい看板として設置されはじめていたようにも思う。1級が偉くて、2級はその次で、それは自分たちのものではなく国や県が管理するものである。自分たちが管理するものは一段も二段も低いもので、名前などつけてもらえていなかった。あったかも知れないが、「川」といえば通じていた。年に一度か二度、集落全員が集まって草刈りやドブさらいをした。なぜか子供たちもかり出され、何かした後におやつか何かをもらって食べていた記憶もあるが、何をしたのかはまったく覚えていない。大人たちが何人かで川の中にいた大きな鯉を大騒ぎしながら捕まえようとしていた光景だけは鮮明に今でも思い出す。その鯉は後ほどみなでお酒とともに食されたのだということを聞いて、へえー食べるのかあ、だからみんな夢中で必死だったんだと納得した。そんな記憶である。

その小さな川は、私の家の裏を通っていて、どこからか降りれるようにもなっていた。毎日の洗濯ほどではないにしても、母や祖母は何かを洗っていたような気がする。

この川は小学校までの道に沿って流れていた。その道は、ゆるやかなカーブを描きながら東に向かってのびていて、生活用水の名残を保持しながらも、その主たる用益は水田の用水であったが、目にしていたのは排水でしかなく、その水が下流へどのように渡っていったのかを知ることはなかった。

その川は今はない。耕地整理に際して川道も変わ、1m幅三面張りの本当に小さな用水路となっている。鯉も鮒も水草もなくザリガニもいない。カエルくらいは鳴くだろうか。そこに存在することすら気づかれずにあるかのようだ。

†. 中井久夫,『西欧精神医学背景史』みすず書房,1999年

†. 中井久夫,『治療文化論—精神医学的再構築の試み』岩波書店,1990年

†. 中井久夫,『分裂病と人類』東京大学出版会,1982年

 

其の日の早く来れかしとのみ存候