田舎の風景が美しいのはなぜだろう

 3週間ほど前に撮影したものだと思う。この1週間後から寒波到来となり、雪の季節がはじまった。それにしても、この配置のバランスの妙といったらない。ただただ美しい。

 こうして干された大根は漬けられるのだろう。小さな小さな小屋の軒先につるされ、ほのかに夕陽をあびている白い白い大根。

 ここは木次町平田の山方。なぜこんなところに集落がと驚くような、急な山の坂道をのぼったところに数軒が集まっている。わずかに開けた田と小さな畑があるのみ。冬の労苦を思わずにはいられないが、春の喜び・夏の夜空・秋の稔りもまた、想像するにあまるものがある。
 そんな思いがなぜ生じるのかといえば、だんだんと目の前から消えていき、やがてなくなってしまうかのような風景であるからなのだと、思う。
 また、そんな感傷に沈むのではなく、もう少し、これを残す、継ぐための、記録と分析の方法を考えてみたい。ランドスケープ。概念として、そこから。

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