明日、山へ行って発芽状況の確認をする予定。状況によっては追い蒔きも。そして耕起&種蒔きと苗植え少々もある。その前に前回の記録をさくっと。遅ればせながら。
6月4日(日)最高気温24℃(おそらくこのくらい)
11時30分〜14時00分 1名にて作業。
・中山の再生竹処理(伐採あるいは頭切)
・草取り、発芽状況確認。
焼畑
村尾行一の焼畑論
村尾行一の『間違いだらけの日本林業』と『木材革命』。内容はほぼ同じ。後者が手元にあって前者は書庫(ラボ)においたままだった。しかるに、前者のほうには、かかる記載があることを教示され、斜め読みで放置していたことを猛省している。
以下、まずは引用とメモ書きを記し、のちに加筆するものとして、おく。
ひとつめは焼畑の「容易さ」について。
p181
《焼畑は何処でも誰でもやれるということだ。平坦地でもできなくはないが、より適地は傾斜地で、作業がしやすく防火上も安全で、農作物の収穫作業も傾斜地の方が楽だ。私が体験した最高傾斜は72度だが、あらゆる意味で最適傾斜は30度台、40度台である。
意外なことに、焼畑は、飛び火・失火の危険性が少ない農法である。それどころか山林はなかなか火が着かないもので、焼畑火入れは消防団等消火態勢を整えておく必要のない、実に安全にして快適かつ痛快な作業である。上は小学三年生から下は幼稚園年少組まで男の子女の子の集団に、傾斜30度前後の山林で火入れから各種農作物の播種までやらせたところ、驚くほど見事にやり遂げた》
宮崎の椎葉村では、小学生に焼畑を「実践」させている。そうなのだ。私が目指すところもそれである。あと4年後、すなわち2021年には、小学生の焼畑を実現させる。候補地を佐白周辺で少しずつあたってみたい。
そして、この「容易」さは誤解されやすいものだ。
村尾もあげているようにその一例が、火入れは明け方から日没までという多くの条例の規定である。元々は林野庁が定めていたものを各自治体が条例に落とし込むときにそのままとなっているのだろう。奥出雲町の火入れ条例もそうである。
村尾がいうように、これは「間違い」だ。
諸条件はあるが、飛び火・山林火災のリスクを重くみれば、夕暮れにはじめ、夜に終わるのがよい。山形の温海では夜に火入れしている映像を見たことがあるので、夜間の禁止規定がないところもいくつかあるのではないか。
「焼畑文化・技術」の保全にとって、小学生の焼畑のような「教育」の面、条例の改正という「法規・規範」の面を欠くことはできない。
そうしたことを可能にしていく土台として、「正しい焼畑の理解」へ向けて、経験、実証、調査を進めるべし。
そして、もうひとつ。こちらはさらに重要。
p.182《私は、養分吸収器官中でも最も重要な細根ー吸収根ー菌根が肥沃な環境では全く発育しないことを知った》という村尾は、そこからこの文脈の中では飛躍した主張を次に掲げる。
《農作物にとって、わけても菌根にとって好ましい環境を造成するのが焼畑なのである》
《焼畑はやはり無肥料農業なのである》
竹の焼畑2017sec.4【報告】
火入れ予定日前日である5月13日のことを少々。
雨の日が続いていました。近隣である大東の降水量のデータです。
5月5日 0mm
5月6日 3mm
5月7日 0mm
5月8日 0mm
5月9日 12.5mm
5月10日 0mm
5月11日 4mm
5月12日 2.5mm
5月13日 6.5mm
5月14日 0mm
延期したほうがよいのでは。それもありうることでした。なにせ朝方まで雨が降っていたのですから。いくら乾燥する春の時期とはいえ、条件が悪い。
協議のうえ、延焼しやすいよう面積をせばめ、積み増しをすることで、実施することにしました。積み増しするところは着火点の部分です。最初に延焼のための臨界点をこえてしまうことが肝要であることは、これまでの経験からもわかっていましたから。念入りに。

また小池先生の発案で山ハンノキの苗木を植えました。何本だったろうか。

ともあれ、火入れがうまくいくことを祈りつつ。

アワ栽培雑データ
前回、写真を取り出して、昨年の「アワ」についてふりかえってみました。
モチアワの10段階
アマランサスについては、Growth of amaranth that are grown in slash-and-burnにまとめています。
経過記録が少ないのですが、ほかのものについてもこれから急ぎまとめておきます。
さて、ここで、昨日からつらつら調べてきたことのメモを残し、加筆をまとうを思います。いつまでたってもまとまらず、いずれまた記憶からも消え、記録にならないことを憂慮しての「措置」といえましょう。
・国内にあっては、突出した雑穀生産量を誇る岩手県であり、情報もそちらが多くなります。が、われら奥出雲とは気候からして違う。むしろ西日本での栽培地を参照しておかねばと思った次第。
・たとえば、モチアワについて。
・岩手では大鎚10が収量も多く推奨品種として生産の大半をしめているようですが、アワといえば黄色のイメージ、そして和菓子原料としては黄色が重用されることから、大槌10の糯性と仁左平在来の黄色い胚乳色と大粒性をあわせもった「ゆいこがね」を育成しています。
・昨年、われらが焼畑で撒いた岩手在来も大槌系統だと思います。種は野口種苗から購入したものですが、岩手在来としか記載がありません。
「「大槌10」は1985年に上閉伊郡大槌町から収集され、その多収性により平成9年度に「岩手県雑穀優良系統」に選定された茎色が紫の糯アワである」※1のであり、また「アワの茎色は紫色が優性」 2016年8月9日撮影時には出穂しており、紫色の茎は判然としませんが、
7月9日撮影時のものだと茎の下部は紫だし、

6月28日撮影時のものははっきりと紫の茎です。

・参照資料として以下をあげておきます。
※1)仲條眞介2015〈アワ新品種「ゆいこがねの育成」〉(岩手農研セ研報14)
※2)特産種苗No.24 【雑穀類の生産状況平成23〜27年産】(日本特産農産物種苗協会)2017.2
・岩手ではソバ用のコンバインを使って収獲されているケースが多いようです。
・熊本県の湯前町では雑穀生産に力をいれいくつかの商品開発もなされています。平成27年の作付面積が、アワ95a キビ40a、ヒエ60a。ここらから、ざっくりとしたものを想定しはじめてみるのがよいと思います。
https://takuhai.daichi-m.co.jp/Goodsdetail/06304091
・農文協の『新特産シリーズ 雑穀雑穀』をじっくり読み返しています。昨年慌てて読み飛ばしていること多数。
・とりわけ、奥出雲で秋アワはできるのか、やるべきなのではないか、などということを考えました。種は春のが使えるのかどうか。出穂条件などをみて、可能性があれば試しに今年にでも。また、種が九州四国などで手に入ればそちらでも。
阿井の田んぼのオタマジャクシ
ようけおるのお。
ここの田圃は手植えでするけん、また手伝いにきてごせだと。
2017春のオタマジャクシ from Masaki Omojiro on Vimeo.

こいつの相談ということできたのです。ひとりでやっておられるとか10年以上も。えらいと思う。

けっこうな老木でも萌芽がこんなに。
「いい歳なんだから(そんなになにもかもできないし、やめておけばいいのに)」と奥さんはおっしゃっておられたのだが。生命の力が大地にみなぎっているのだ。そうした力に助けられ、また助けてもいるのだろう。
竹の焼畑はやりやすいか?
5月の火入れに向けて年間の計画を見直している。整理されないままの資料のストックを並べ直すなかで、昨年の「焼畑2016-p0401」ファイルが目に入った。要改善項目として次にようにまとめている。
◉3.昨年うまくいかなかったことの改善
《伐開・火入れ・種蒔・収穫・加工(調理)技術の向上をはかること》
●うまく燃えなかったが、要因は複数指摘されている
乾燥期間が足りない→6ヶ月は必要
孟宗竹はそもそも燃えにくい→他の材を混ぜる。たとえば杉の枝など。そもそも丸太など大きな材は焼き畑に不適のようだ。
8月下旬からの長雨の影響→節に水がたまったのも大。裂いておく必要があるのでは。
●伐採後の整備、防火帯づくりに時間がかかった
→数本切ったら、玉切りしてまとめたほうがトータルでは効率的。
●蕪の種まきが密すぎて、間引きに苦労した。
●収穫する時間がなかった→想像以上によくできたともいえる。「売る」ことも考えておくべき。
間引きに苦労したはずなのに、種蒔はさらに密になっていることなど、まったく改善されないことも多々あり、、、だ。
「燃えにくい」という点は「積む」ことでの解消ははかれたのが2016年だった。そして今年2017年は積みすぎないことで、効率をあげていきたい。
そのためには、もう一度、「竹はやりやすい」という民俗学の報告を見直すところからだろう。
白石昭臣『竹の民俗』はじめ、竹の焼畑が燃えやすく、作物の出来もよいことはしばしば記録に残されてきた。白石は志津見のそれをスズタケやハチクだと記述している。スズタケは笹に近いがハチクはその太さは明らかに竹だ。しかし細身の孟宗竹があるように、笹に近いハチクもある、たしかに。そう考えてしまえば、「孟宗はそもそも燃えにくい」ということで、「積む」しかないともいえる。あるいは鳥取大の佐野教授に示唆されたように最低6ヶ月は乾燥させてやることにチャレンジしてみることも必要だろう。いや、すでに2016年の9月の火入れは1年以上経過した竹を用いている。けっこう積んだものだが、それほど勢いがあったわけでもない。どうだろう。
じつは椎葉村で配布しているクリアーフィアルの火入れのシーンに映っているのが「竹」なのだ。たしかに「竹」の焼畑は椎葉や西米良で行われてきた。現地もみた。意外なほどに竹は多い。
椎葉康喜・内海泰*「宮崎県椎葉村大河内地区における焼畑農業」(九大演報( B u l l . K y u s h u U n i v . F o r . ), 9 1 : 3 4 -3 9 , 2 0 1 0)には、こういう記述がある。
《ヒエを作るための春ヤボには大きな木が成長している土地が適地とされた。また,ハチクなどの竹藪やスズタケが優先している林もヒエを作るのに適しており,竹の焼畑の1 年目は地下茎が残っていて扱いにくかったが,2年目は根が腐り,良い肥料となった。》
《2年目は根が腐り》も気になったところだ。感覚ではというか、土に鍬を入れた感覚ではそうだ。今年の春の地面。あきらかに掘りやすくなっている。

本題に戻り、竹のやりやすさについて。
2015年のセミナー資料をひもときつつ、もうちょい資料をあたってみることして次回へ。
【記録】タケノコ山の春遊び其の三
4月16日(日)。晴れ。最高気温は26℃。陽射しもきつい1日でした。
13名が参加。いつもそうではありますが、今回は島根大学里山管理研究会が大半(12名)でした。
とれたタケノコはわずかに1本ながら、タケヤブの中で動く経験はあとからきいてくるはずです。
そして、今日はじめて気づいたのですが、昨年の春焼きに参加した大学のメンバーは全員が卒業し、経験者が0ということ(小池先生のぞく)。
記録(DNA)を参照しようとするところまでいなかい、模倣子(RNA)もないという状態に近いのか。そんな集団でもつねにアドバンテージはある。しがらみや旧弊(わずか2年とはいえ)とはまったく無縁であるとなのかもしらん。昨年はこうだったああだったというんでないところで、アプローチしていかねばと思った次第。
作業はほとんどできてないのが、想定外だったので、ちょっと組み立てを再検討です。






















