その日のはじまりはさまざまであった〜山墾りsec.1

1月9日の日曜日、晴れ間がうすくのぞいている穏やかな日だった。あちらこちらの集落でトンドが催されていたようで、ポンポンと竹のはぜる音が聞こえていた。里方から佐白へ向かう道中には誰もいなくなった広場でひとり始末を続けている人影も見えた。
自分にとっては、令和4年、年があけて最初の週末であり、山仕事をはじめる日である。

手元にある掛合町史の第9章、掛合町の民俗をひらきみるに、11日を百姓始めあるいは仕事始めの日としている。

・牛舎から庭へ牛の出し初めをする
・田に出て「一鍬千石、二鍬万石、三鍬数知れず」と唱えて田打ちをする
・ゼニサシ、ゼニツナギを最初に作る

執筆者は、これらの例をあげながら「この日の始まりはさまざまであった」と記している。どなたであったか。島根大学の宗教学の先生であったと思う。明治の終わりから戦後間もないころまでの雲南の正月風景、その姿は変わり果てていようと、人それぞれ、さまざまというその有り様は、80年後のいまとてそう変わりはあるまい。

さて、その山仕事。簡単に様子を記しておこう。

昨年の火入れができず、数カ月後の5月に火を入れる予定のこの区画。まだ雪が残っているが、日陰斜面となっている北西部にあたるためだ。軽く雪をのけて、竹の積み増しを続けようと考えたが数日でとける可能性にかけた(はずれるが)。雪でしなりが大きくなった手前の竹を10本ばかり伐採して整理した。1立米のタンクを置く場所とルートを確認し、障害となる切株や灌木などを取り除いた。

晩春に学生らが火入れしたところに置いたままの500リットルタンクをひとつおろした。積雪は15センチ程度。うまくすべってくれたので、想像よりはるかに楽におろすことができた。

先客あり。足跡は小さなイノシシとタヌキだろう。2日くらい前だろうか。

倒して2年ほどたっただろうか、イヌシデの大木にキノコが生じていた。ヒラタケか。うまそうで、とりたい衝動にかられるも、こらえた。

菊芋を掘りたかったが、日が落ちてきたので次回に。2時間半ほどの作業であった。

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