冬に閉じ込められて暗い空が続いていたが、この日、久しぶりに太陽の光が地上に届く、よい日和だった。
帰る頃になって、人形をおさめにきたこともあったかと思い出す。家族で参るものであった気もする。


冬に閉じ込められて暗い空が続いていたが、この日、久しぶりに太陽の光が地上に届く、よい日和だった。
帰る頃になって、人形をおさめにきたこともあったかと思い出す。家族で参るものであった気もする。


以下、加筆していくための下書きとして。
1.
◆令和8年1月26日、東京駅丸の内南改札口にて。大正10年11月4日の記憶を探す。
原敬首相暗殺の現場である。
その4年前、大正6年には、ロシア革命、帝政ドイツ崩壊、そして富山県に発した米騒動は全国に波及していた。フロイトが『精神分析入門』を著し、折口信夫は『身毒丸』を発表している。宮沢賢治が『注文の多い料理店』を出版するのは2年後の大正12年である。


◆この時代の手触りを確かめ、空気を吸ってみたいと思う、そのヒントのひとつとして、この場所はある。
そして、原敬は日記を残している。『原敬日記』は、近年の復刻も含めていくつかの版があり、古い全10巻ものは揃いでも古書で1万円以下である。原本も有形文化財として岩手県盛岡市が原敬記念館に蔵している。島根県立図書館には福村書店版と乾元社版が変則的に揃っていたと思う。
2.
◆高円寺のyanyanが移転する。その直前に訪れた。もし『原敬日記』が揃いであれば買っておこうと思っていたが、そうはいかない。狭い階段は本屋の扉としては至上のものであろう。惜しくあるが、移転先も決まっているとのことで、また訪れたい。この階段と狭い空間の記憶を持ちながら。
「頭ぶつけるよ、気をつけて」と登りきったところで声をかけた瞬間、ゴツンと音をたてた同行者(妻)は、それを覚えているだろうか。
「売り物ではないが、ある個人の日記を古書といっしょに買い取った。希望あればお見せします」と、いつか書かれていて、今度行くときはと、そう思っていたことは、階段を降りた後で思い出した。
3.
◆印刷博物館のギャラリーで、世界のブックデザイン展。「世界で最も美しい本2025」受賞作と、各国のコンクール受賞図書180点を展示。ほぼすべてが手にとれる。そうでなくては意味がないだろう。本は触ってこそ、開くとき、めくるとき、閉じるとき、そのとき、手と耳とかすかな匂いと、音と、そうしたものと重なり絡まりながら生成してくるものに「価値」がある。
あぁ、そうなのか。やはり。うむ。むむぅ。思い感じ考えること多々あり。
妻から、来年は出しなさいと言われた。それはともかく、同じようなものをつくろうとはしている。どの出品も50部から200部の少部数であるこは、励ましと受け取った。
文庫本をハードカバーにWSは、4時間弱。造本作業そのもの以上に、講師や補助者の態度というか姿勢というか、本当に「勉強」になった。

4.
◆東京は変わる町である。行くたびに、廃業、立ち退き、が相次いでいて、つい嘆きを口にしてしまう。irodoriyamaも渋谷からなくなるとあの坂を登ることももうないのかなと妻と話す。「今」が節目、潮目なのかもしれない。とはいえ、瓦解から160年はたとうかという時代にあっても、江戸の香りも路地裏の片隅に残ってはいるようで、それを探して中野の夜を飲み歩いた。
◆遠い昔に訪れた「川二郎」は健在であった。娘さんが跡を継いでおられ、味そのものは変わった気もするが絶品であることに変わりはなくよい時を過ごした。
◆碩学の畏友と杯を重ねながら、あれこれ茫漠たる話をした。メモっておけばというものもたくさんあったのだが、大事なことはいつか思い出すであろう。そうそう、浜田藩松平周防守家、天保七年竹島の一件に話題が及ぶや、切腹の作法について、教えを乞うたのであった。
切腹は儀礼でもあり、多くの人が関わることゆえ、作法があるが、書とし出回っているものはほぼない。
◆伊勢貞丈 による故実書・凶禮式があるではないかと言われるかもしれないが、沐浴、髪の結い方、装束、畳の敷き方から盃・肴の出し方まで詳細ではあるが、ここは「口伝」によるが連続して出るものでもある。概要は記すが、核心は口伝である。そして、口伝が実にしっかりと伝わっているようなのである。武家の礼法については、荻生徂徠がその退廃をなげいて久しいものだが、こと切腹については口伝が機能していた。そこには何があるのだろうか、というようなことを酔にまかせて有職故実を専とする方に吐いてしまったのである。その答えは。。。。
「私も親から、お前も知っておけと、教わりましたよ、弟とふたり座らされて」
角をまがれば江戸だったというのは夢にみるが、眼の前に江戸が顔を出したのだった。百年二百年などつい昨日のことだ。
5.
◆上野はいい。博物館、ホール、美術館、動物園それら近代の下には近世も中世も縄文の香りすら残る。本のようなものだ。ものがかたる場所である。物語りの力を信じて、いくつもの若者の骸と思い出がいまもこの台地の下に眠っていることを偲びつつ。
数日前、今年のサントリー学芸賞が発表され、鈴木昂太『比婆荒神神楽の社会史―歴史のなかの神楽太夫』(法藏館)が 社会風俗部門で選ばれた。
選評の伊藤亜紗は
「従来、その歴史は「祖霊加入」や「神の託宣」といった、ややもすると本質主義に傾きかねない神楽の意味論によって説明されることが多かった。これに対し、本書が試みるのは神楽の社会史である。注目するのは「人の生きざま」だ。それぞれの時代の社会的状況のなかで、神楽に関わる人々が、神楽を通してどのようにサバイブしてきたか。神楽を伝える、ではなく、神楽が伝わる。伝承とは、そのときどきの現実的な制約条件に、ときに節操なく見えるほどの創造性で応答していく、その積み重ねのことを言うのだろう」
と。
https://pub.hozokan.co.jp/book/b658766.html
法蔵館のサイトでは目次と数ページの本文冒頭が立ち読みできる。
https://pub.hozokan.co.jp/book/b658766.html
今週末、16日土曜日夜から翌日未明にかけて、奴可神社の夜神楽がある。来年、妻とふたりで行ってみたいと思った。





ふだん、神なる存在からは、見離されているかのように思える。
「あぁ、そうだよねー」「いやいや、それは」
私の表明へ諾否の異はあろうが、諸氏思いあたる節を浮かべることに変わりはなかろう。
ただ、なにゆえ、昨日ばかりは、護られているかのように、木次と安芸高田の間を無事往復できたのか。豪雪吹雪のなか、通行止め、渋滞が多発していたことは後に知った。吹雪のなかホワイトアウトもあったが、うまく切り抜けられた。道中知るは私ひとりであり共有はできず、映像にも残っておらぬ。いくつもの峠をこえるなか、景と光をみた。書き記そうとは試みたが断念し、特異な一日であったとして、陽光さしこむ安芸高田市の旧郷田小学校の景をここにおく。




この日おもむいたのは、
†. あきたかたの森 構想プロジェクト主催 森の交流会
発表団体は主催者のほかにはふたつ。
・ほしはら山のがっこう
・芸北せどやまコモンズ(西中国山地自然史研究会)
すべてが(とはいわないまでも8割方)、いまいる場とは対照的でおもしろかったなあ。備忘的に記せば、それは社会契約論の外に出る場であった。子ども、年寄り、女性が導いてくれる。森はこの人たちのそばにある、と直覚した。その場に近づけるよう日々修養を重ねたい。
さらに備忘を少しばかり記しておこう。(つづく)
数日前から急に冷え込み、ストーブに火を入れた。つい2週間ほど前ではなかったか、扇風機を片付けたのは。裏の畑と庭を少しだけ手入れ。庭はナニワイバラの整理とバラに木酢液を噴霧した。およそ300〜500倍希釈にて。容量をはかるのに、スポイトではなく小さな容器があるとよいので明日調達の予定。ストウチュウ用の焼酎と穀物酢もあわせて。
畑ではタカキビの様子をみて何本かとった。干してあるアマランサスの穂がもういい具合。来週は脱穀作業を段取りしなければと思う。忙しいな。
一昨日色が濃くなっていた甘柿の実をひとつとり、昨日食べた。まだ渋みが芯にあったがうまかった。昨年よりよくなっていると思う。里芋はもう掘り上げてもよさそうだ。
小麦、大麦の播種準備を進めねばと。明日、木酢をまいておこう。畝間には米ぬかか。
ということを考えつつ、あれこれで、一日が終わった。
あれこれのひとつとして、調べ物。碧雲湖棹歌が少し心にしみた。碧雲湖とは宍道湖をさし、永坂石埭の詩が嫁ヶ島にある石碑に刻まれている。
美人不見碧雲飛 美人は 見ず 碧雲は飛ぶ
惆悵湖山入夕暉 惆悵す 湖山の 夕暉に入るに
一幅淞波誰剪取 一幅の 淞波 誰か剪取したる
春潮痕似嫁時衣 春潮 痕は似たり 嫁する時の衣に
読書中のもの。
†. 岩田重則,2006『「お墓」の誕生ー死者祭祀の民俗誌』岩波書店
雨後の夕陽が穏やかに部屋にさしこむ。車の通る音は乾いていて、今日という日の終わりを告げつつ、明日の支度を思い出させる。一日のはじまりが夜であった時代の気分とはこういうものであったろうか。
円卓には製本前のプリント。切れたインクは注文済みで明日には届く。

豪雨で避難の準備をしたのは木次に越してきてはじめてだったので、気がついたことを記しておく。
◆道路の冠水部は、ここがつかるだろうというところ。予想通りの理路から敷衍して、豪雨となったときに通行を避けるべき道と場所がより明確になった。新しい道は災害に弱いといえるのだが、それは本道ではなく、道を通す際にできる・できた・生じた支道、法面、側溝によるものであった。今回みた限りの局所的なものからいえることだが、おそらくかなり普遍的なものではなかろうか。
◆多くの個人の行動選択は合理的かつ計画にそったものである。団体組織も。あやういのは公的機関だなあ。あれは平時のものであって、非常時には弱いものなのだと再認識した。
◆用意しておくべきものとして雨具。応急のものでいい。短時間でもぐっしょり濡れてしまうことを忘れていた。相当に体力を奪われる。
子牛である。毎年、いまごろやってくる新入りさんである。例年より小さい、ということは若いのである。
ここは、育牛をしている放牧地。シロツメクサが旬というところだろうか。
道路を挟んで向かい側はホルスタイン種の放牧地であって、少しばかりみていると、そちらの成牛とは多少好みが違うようにもみえる。
ただ共通するのは、根本(までは)基本食べない。これは自然とそうなるようでいて、たとえばイネ科雑草のように背の高いものでも上から三分の一ほどだけを食べているようにみえる。木類の幼木、実生ならばくばくと、幹部残して全部食べ尽くす勢いなのに比して、何が違うのだろうと、その理を問いたくなるだが、まだたずねたことはない。
ともあれ、こうやって草をはむ姿をみているのは、私たちヒトにとって、いい時なのだ。