アワ栽培雑データ

前回、写真を取り出して、昨年の「アワ」についてふりかえってみました。
モチアワの10段階
アマランサスについては、Growth of amaranth that are grown in slash-and-burnにまとめています。
経過記録が少ないのですが、ほかのものについてもこれから急ぎまとめておきます。

さて、ここで、昨日からつらつら調べてきたことのメモを残し、加筆をまとうを思います。いつまでたってもまとまらず、いずれまた記憶からも消え、記録にならないことを憂慮しての「措置」といえましょう。
・国内にあっては、突出した雑穀生産量を誇る岩手県であり、情報もそちらが多くなります。が、われら奥出雲とは気候からして違う。むしろ西日本での栽培地を参照しておかねばと思った次第。
・たとえば、モチアワについて。
・岩手では大鎚10が収量も多く推奨品種として生産の大半をしめているようですが、アワといえば黄色のイメージ、そして和菓子原料としては黄色が重用されることから、大槌10の糯性と仁左平在来の黄色い胚乳色と大粒性をあわせもった「ゆいこがね」を育成しています。
・昨年、われらが焼畑で撒いた岩手在来も大槌系統だと思います。種は野口種苗から購入したものですが、岩手在来としか記載がありません。
「「大槌10」は1985年に上閉伊郡大槌町から収集され、その多収性により平成9年度に「岩手県雑穀優良系統」に選定された茎色が紫の糯アワである」※1のであり、また「アワの茎色は紫色が優性」 2016年8月9日撮影時には出穂しており、紫色の茎は判然としませんが、20160809-P114044902
7月9日撮影時のものだと茎の下部は紫だし、
20160709-P114037402
6月28日撮影時のものははっきりと紫の茎です。
20160628-P114032902
・参照資料として以下をあげておきます。
※1)仲條眞介2015〈アワ新品種「ゆいこがねの育成」〉(岩手農研セ研報14)
※2)特産種苗No.24 【雑穀類の生産状況平成23〜27年産】(日本特産農産物種苗協会)2017.2
・岩手ではソバ用のコンバインを使って収獲されているケースが多いようです。
熊本県湯前町では雑穀生産に力をいれいくつかの商品開発もなされています。平成27年の作付面積が、アワ95a キビ40a、ヒエ60a。ここらから、ざっくりとしたものを想定しはじめてみるのがよいと思います。
https://takuhai.daichi-m.co.jp/Goodsdetail/06304091
農文協『新特産シリーズ 雑穀雑穀』をじっくり読み返しています。昨年慌てて読み飛ばしていること多数。
・とりわけ、奥出雲で秋アワはできるのか、やるべきなのではないか、などということを考えました。種は春のが使えるのかどうか。出穂条件などをみて、可能性があれば試しに今年にでも。また、種が九州四国などで手に入ればそちらでも。

モチアワの10段階

 モチアワの種をまくにあたって、この1年を振り返りつつ、今年はどうのぞむかを考える材料としたい。
●火入れの直後に種をまき(5月22日)
20160522-P114013602
●芽が出て(6月9日)
20160609-P114018102
●穂がのびて(6月18日)
20160618-P114023502
●さらに穂がのびて(6月28日)
20160628-P114032902
●稔る(8月27日)
20160827-P114052802
●収獲する
20160915-P114066802
●乾燥させる
脱穀する
20161112-P115014202
●精白前
20170301-P125003602
●ミキサーにかける
20161221-P115035602
●トーミにかける
20170301-P125004002
●精白後(まだもう少し)
20170301-P125004202
●スイーツになる
20170429-P125071602
 

「まかぶ」とは!?

 三沢のUさん宅へ、土用豆があればと思い伺う。1年半ぶりくらいかも。

 種まきぶんしかないということだったので、用向きははたせなんだが、お元気そうなのがなにより。それよりなにより。

 後の山に咲く黄色い茎立菜。あれは、地カブ? というのでいろいろ聞いてみると。

「まかぶ」だという。

 地カブともこのへんの人はいう。

 年取りカブとはちがう。

 年取りカブは根っこも食べられる。甘い。まかぶは根は食べられない。茎立ち菜を食べる。

 まかぶは種とりもしてまくというのだ。

 まかぶというんは、はじめて耳にしたし、年取りカブを知っている人がこれで2人目。でも年取りとも、年かさ?とも言われてたぞ。。。。

 なんどか通わないとわからんだろうということで、今日は備忘メモとして残す。

 

ゴロビナはハリギリか?

 諸戸北郎「大日本有用樹木効用編」明38.10刊が、国会図書館デジタルライブラリーで公開されている。
 阿井の山野に自生している草木で宿題になっている「ゴロビナ」の候補、あぶらぎりの項をみてみた。

 別称として「ヤマギリ」があがっている。そしてヤマギリはハリギリの別称でもある。
 ハリギリは山菜としてけっこうメジャーだ。食したことはないが、コシアブラに似て美味なりという。そういえば、阿井の山野…には、コシアブラが出てこない。
 コシアブラといえば、寺田晃「古代塗料・こしあぶら(金漆)の語源」。寺田ほかによれば、「金漆(ごんぜつ)」と呼ばれる黄金色に輝く古代の塗料はコシアブラの樹液、しかも冬季にのみ採取できるものである。そしてごんぜつは地方によってとれる樹種が異なっていた。コシアブラとは樹木の名称であるより、そこからとれる「あぶら」をさしていたものなのだ、元来、おそらく。
 さすれば、ゴロビナに対する見方も変わってくる。
 そして、コシアブラもハリギリもウコギ科として類縁関係にある。
 さて、問題はコシアブラとアブラギリの類縁性はいかにあるか、という点。アブラつながりというのは強引だろうか。
  ハリギリの芽はこんなやつ。
◉2017/04/20追記
 昨日、阿井の福原に行ったら「ゴロビナ」はよく聞くよ。どれといわれてもわからないけどと。山菜であることはたしからしい。祖母にきけばわかるだろうというので、紙1枚わたしてきました。農家(百姓)はいまの時期とりわけ多忙です。田植えが終わるまでは取材はおやすみ。じぶんらの畑も庭も山も、去年からの脱穀(ヒエ)も終わってないのだからして。

モチアワの精白作業〜詳細写真

 3月1日(水)、曇時々晴。13時〜16時までみっちり脱穀精白作業に取り組みました。
 脱穀は洗濯板で擦って落とす方法を採用しています。素手だと量をこなすにはきつい。軍手の着用も考えましたが、繊維がまじるとあとが面倒だなと思い躊躇してしまいます。
 選別は篩で粒単位にした後、手箕で3〜5回ふるい、唐箕にかけます。
 そこまででこの状態(写真1)
 
 量としては1.7リットルくらい。1キロ弱でしょうか。
 これだけの量の脱穀作業時間ですが、およそ2〜3時間かなあ(アバウト推量)。
 ミキサーに3回にわけてかけ精白(脱ぷ)します。機械とは違い、むいた皮などと一緒なので、再び唐箕にかけて分別します。(写真2)

 するとこうなる。(写真3) 七分づき的状態です。

 これ以上精白度をあげていくと、くだけるものが多くなっていまします。
 唐箕の2番口から出てきているものをみるとこのように少ない。

 精米機に雑穀スクリーンをつけてやったときには、もっとたくさん粉と破片が出てしまったものですが、そこまでやれば、こういう剥け方にはなります。


 さて、この日はタカキビも初脱穀


 もともと収獲量が少なかったものですが、ぜんぶあわせても1.5リットルくらいじゃないかな。
 半分強を試食に供し、残りを種として今年また蒔きます。
———————–
 ひとりで黙々とやっているように見えるかもしれませんし、いや、実際そうなのですが、元来もう少し人が多くてもよいのですし、そうあるべきであるのです。
 はい。奥出雲山村塾、焼畑倶楽部の会員を募集中です。
 国内の焼畑地への研修、海外(東南アジア&スリランカ)もあります。なんとなく興味があるという程度からでOKですよ、お問い合わせください。

アワの精白はミキサーで

 2月28日(火)。雲ひとつない快晴となり、気温は9℃まであがったようだ。風もおだやかで風速1〜2mほど。日の出は6時40分、日の入は18時といったところで、ずいぶんと日が長くなったものだ。

 そんな日和、久しぶりに脱穀作業に三所へ。2時間弱ではあったが、モチアワをそうだなあ、500〜700gほどはやったろうか。いまだに試し試しというところはあるが、ちゃっちゃと手際はよくなってきたように思う。

 そして、現段階での結論として、アワの精白はミキサーがよいということに、決めてしまった。感覚・フィーリングで。あきらかに、精米機よりはよい。粒がつぶれてないのだ。精米機だと、糠というか剥けた殻といっしょに潰れた子実?の白い粉がまじった色だが、ミキサーだとほぼ茶色にとどまっており、ひいたものをひろげてみても、子実が割れたようなものは見つからなかった。

 剥けてないものもあり、およそ7分づきといったところか。

 ミキサーで精白するコツがつかめてきたので、記しておく。

1. 古い型がいい。パワーがないほうが。歯も摩耗しているほうがよさそうだ。使用しているはそう。

2. 1のタイプなら入れる量は半分程度か。モーター音がやや鈍くなり、中でゆっくりまわる感じが偉えるのがいい。

3. 白くなった子実が目立ちはじめて、もうちょいのところでストップ。

4. 量が少ないときや、ひき直しをするときには、唐箕で飛ばした糠・殻はとっておき、それを混ぜてミキサーにかける。

5. 精米機だと状態がわかりにくいが、ミキサーだとよく見えるので、モーターをとめるタイミングがつかみやすい。よく見ること。これに尽きる。

20170108-P115046002

2016年のガマズミ

 がまずみについて、記事に書いた記憶がありますが、見当たりませんので、これまでの概略を記します。
1. 2015年秋、さくらおろち湖周辺でガマズミを発見。荒廃竹林山林の再利用活動のなかで、低木で材の用途も広く、子どものおやつとしても、大人の滋養食としても、こりゃいいなあと思い、再生に取り組むことにした。ジャムはカフェオリゼで好評。「これはなんですか?」「おいしい」「好き」という声多数であった。
2. 2016年春、種の保存法が雑であったため、発芽は0となるものの、挿し木は何本かが成功。育成に向けての第一歩となる。出雲国の産物帳などにより、出雲地方での方言名は「かめがら」「かめんがら」であることなど文献で確認できたことなども多々。
 寒中見舞に記載の一文をひいておく。
【ガマズミの実】
 ガマズミは別名ヨソゾメ、ヨツズミ、また、方言名としてムシカリ、ズミ、ソゾミなどが知られているものの、奥出雲でどう呼ばれていたかは未だわからない。幹は鍬の柄に、枝は結束の縄として使ったという。果実は晩秋から初冬に甘くなり、疲労回復・利尿の効能があるようだ。染色にも使った。さて、その諸能も存在も忘れ去られようとしているが、この春、種からふやしてみようと思い立った。園芸ではなく、荒廃した山の道を切り開き点々と。うまくいけば五年後には実を結ぶだろう。
3. 2016年晩秋。諸事多忙につき、採集したものを黴びさせてしまったりもするが、小瓶3つ4つぶんのジャムはできた。実を干してドライにしたものは、おやつにはよいが人には出せないねなどと話す。
 昨年、妻につくってもらったジャムですが、「コツがわかった」とのこと。再度聞いて後ほど加筆しておきます。



 さて、本題です。本日、「飯南町の植物ガイドブック」平成25年刊を見ておりましたら、ガマズミの項に気になる記述を発見。以下に引用しておきます。

 p19〜
 ガマズミ
 この地方では「カメガラ」と呼んでいました。細く真っ直ぐ伸びた木を、太鼓のバチに用いました。お宮の神事、神楽などの太鼓のバチはほとんどガマズミでした。
 真っ赤な実は甘酸っぱく、かつは子どもが食べました。また、噛みながら皮と種を除いて、わずかに残る果肉をチューインガムのように噛んで遊びました。

 ガムのように噛んで遊ぶということがわかりません。どういうことなんだ。「わずかに残る果肉」とは種にこびりついた果肉のことなのだろうか。はてさて。

家庭用精米機を使ったモチアワの脱っぷ

 1月8日の作業の結果だけを備忘に書きとめ。
 山本電気のRC-23(製造中止だが市場在庫がまだ豊富)を使った雑穀の脱っぷを実行に移しました。五穀用スクリーンの在庫がメーカーにあり2つ注文したことは以前に記したかもしれません。網目が小さいため、アワはすり抜けますね。

 デフォルト(雑穀向きに推奨されている基本設定)で4回まわしたのが、この上の写真の状態。そして、掬って拡大したのが下の写真です。これならきれい、使える。
 
 しかーし。写真には撮っていませんが、同じ量ほどが網からすり抜けて粉(米でいうなら糠)とともに受皿にたまっているのです。放置しておりまして、本日風選する予定でしたが、やり損ねました。明日、で、き、る、か、な、です。曇ならなんとか。
 そして、同じく写真には撮っていませんが、蕎麦を試してみました。黒皮は剥けず、剥けたものの大半は砕けて次々と粉になってしまうようです。蕎麦粉のよい香りを堪能するはめになりましたが、さて、どうしたもんじゃろのお。ちなみに2年前の玄そばに3年前の玄そばも4割程度混ざったものですが、これだけよい香りがすれば、まだまだ使えるなあと思いました。挽きたてにまさるものはなしということですかな。

阿井村の大正7年

 島根県立図書館に、駒原邦一郎,S35.1「私の村のはなし(下)」を確認してきた。〈阿井の山野に自生している草木で〉で載せた草木の名が間違っていないかと。なにせ乱暴な写筆だったのだ。いちばん気になっていた「ゴロビナ」はコロビナでなく、ゴロビナで間違いなかった。

 そして、そこで大正7年という年を明らかにしてある重要なことが記されていたのだ。

 阿井で食料として何が栽培されてきたかが記されているのだが、そこには大正はじめに種子ものの通販によって白菜やほうれん草が栽培されるようになったとある。そして、大正7年にタマネギとトマトが入ってきたのだと。

 そもそもである。

 あくまでも私の作業仮説なのだが、阿井、三沢、馬木については、在来種は戦前まで他地域とくらべてもかなりあったと思われる。しかし戦後他地域よりはるかに急速に潰えてしまう。

 諸要因が整理できてはいないのだが、ひとつの典型例として、サツマイモの栽培がある。阿井では又蔵芋と呼ばれていた。明治14年に大吉の又蔵さんが栽培をはじめたという(年号までわかっているのはなぜか。これも調べてみたい)。ひろく普及するのは戦中戦後のことだ。

 全国どこでも戦中戦後にサツマイモ栽培が広まるということは見られるようだが、入るのが遅かったのは、救荒作物としてさまざまなものがあったということが大きいのではないか。多品種多品目によるリスクヘッジが働いていたということ。それがために江戸時代にあった何度かの飢饉においても、サツマイモあるいは琉球イモが入り込む余地がなかったのだとはいえる。

 飢饉や災害による収獲減に対する松江藩の統治の柔軟性というか独自性もあったといわれるが、栽培品の多品目多品種という側面が大きかった。捜して求めている出雲地方と広島北部・岡山北部にのみ見られる(おそらくある特徴をそなえた)アワの呼称である「クマゴ」の謎にもかかわるかもしれない。

 しかし、資料がそろいきれていない。とりあえず以下のものをあげておく。

岸崎佐久治

『免法記』

『田法記』

櫻木保1967『松江藩の地方役岸崎佐久治ー免法記・田法記』

黒沢石斎(三右衛門弘忠) 『懐橘談』(前編1653,後編1661)

黒沢長顕・斎藤豊仙『雲陽誌』⇒大東図書館・県立図書館で貸出可

『雲陽秘事記』

渡部彝

『出雲神社巡拝記』

『雲陽大数録』

『雲陽郷方古今覚書』

桃好裕『出雲私史』

『出雲鍬』

『懐中万宝記』

地誌等

『大日本地誌大系』

『島根縣史』

島根県人名鑑』

出雲国人物誌』

松江市誌』

林原の焼畑でつくられていたカブとは

 昨年、年取りカブの存在を語ってくれたのは三沢の山田さんであった。『尾原の民俗』の中に「年取りカブ」「正月カブ」という名称はみられないが、「地カブ」という名で幾度か出てくる。地カブがあるからには地でない(地元のものでない)カブもあるはずだが、それがなんだったのかはわからない。江戸中期に名称採集された諸国産物帳をみると、出雲地内の《一菜類 蕪》の項目には14ほどがある。

・近江蕪

・白かぶ

・空穂蕪(うつぼかぶ)

・壺蕪(つぼかぶ)

夏菜

・平田蕪

・地蕪

京菜

・三月菜

・高菜

・青蕪

・水蕪

・芥菜(からしな)

・赤蕪

 はて、林原でつくられていたのは、どんな蕪だったのか。白石昭臣氏が担当した『尾原の民俗』の項よりひいておく。

《この林原ではトシトリの晩(大晦日)のオセチは女性がつくるが、この中にサイナマスという大根を小さく切って煮たものと、大根なますは欠かせない。また、正月には二又大根と地カブをするめやジンバ(海藻)などともにぶらさげて床マエの上に飾る(稲穂はない)。》

《この地区ではカリヤマという焼畑が近年までみられ、そこでは1年目に大根、2年目に小豆などをつくり、山の畑には小麦などの麦類も多く栽培していた》

《山方、前布施や下布施地区でもカリヤマで大根やかぶをつくり、床マエには林原と同じ様に大根やカブを下げる》

 林原の正月に二又大根やジンバとともに床前に供えたのは「地カブ」である。これを年とりカブと呼んだのかどうかはわからないが、地カブが年とりの行事になくてはならないものであったのは確かだろう。

 大根が二又であるのは、収獲儀礼豊穣儀礼の断片なのか。

 なぜカブかということについては、次年度の夏焼で大根を試してみればなにかわかるかもしれない。焼畑でなくとも、春植えの大根を竹の根が残る場所に植えてみたい。

 どこまでなにができるのか。自問をつづけながら冬が深まる霜月の日。

 そうそう。平田蕪の取材、おそらく篠竹の薮を焼いてつくっていたそれについて、また聞きにいかねば。旧平田村にひとり住むその方は蕪香煎にして食べていたという。香煎という言葉が生きた人の口から発せられてるのをはじめて聞いたそのお宅へ。