さる8/1、姫路市安富町皆河(みなご)の千年家、古井家住宅へ。30年ばかりも前から気になる場所であったが、機を逸するうち半ば忘れかけていた。念願というものでもないが、やっと、という幾許かの感慨はもちつつも、主たる目的としてでなく、大坂行の帰路にあったということによる観光の気分もあわせもちながら。
現存する家屋の起源は室町時代後期にまで遡る。断続的な調査は昭和30年代から進められていたようだが、昭和45年(1970)の解体修理の調査と古態への復元過程をへて、およそ500年前の家屋と推考された。ただ、古文書・家伝によれば、奈良時代にはすでにこの地に居を構えていたともいう。
いつごろから千年家と称されるようになったのかはわからない。天保年間に藩の祐筆が誌した「播州皆河邨 千年家之記」が残されている。現在も北から南への流れる林田川の西岸、小高い河岸段丘上には数軒の家が寄り集まる。見た目には、現代家屋のなかに茅葺きが一軒残っているにすぎない。居丈高さが微塵もなく、あまりに自然で、そして美しい。千年家とは一軒の建物の呼び名というより、この家々の集まりを流れてきた時の名なのかもしれないと思う。
柱はすべてクリ材。縦挽き鋸が使われ始めていた室町後期の建物だが、柱はクリを木目に沿って割り出し、釿(ちょうな)で斫って整えている。大きな改造を元禄時代、江戸末期、明治末期と行っている。
下山眞司は、この古井家住宅と、中国・黄土高原の農家住居を並べながら、住宅建築の根にあるものを論じている。
家、すなわち住まいが持つべき基本とは、大地の上に、安心して「閉じこもること」のできる空間を確保すること。そこから外へ出ていき、また帰ってきたいと思える場所をつくること。私たちはそれを、どのようにしてつくってきたのか。そして、なぜいま、それをつくれなくなってしまったのか。
https://ameblo.jp/archi1217ss/entry-12901205548.html
帰るべき場としての家。かけがえがなく、他者には侵しえない空間。この問いに、別の方向から重なるのが高取正男の建築と宗教民俗論である。高取は、寺社仏閣、支配層の邸宅、民家という三つの異なる空間に通う「作法・信仰・構造」をたどった。民家において、高取がその核としたのが、土間と納戸である。
土間には竈、炉、井戸、便所……暮らしの反復から切り離すことのできない場所が集まる。そこに宿る神々は、一年中その場所に居続ける「家に住みついた神々」である。神というより、精霊というべきモノであり、固有名を持たない。
土間はかつて、外履きのまま踏み込むことを許されず、客には藁や筵を渡して上がらせた場所でもあった。納戸は、さらに奥まった不可侵の場として、寝具とともに着物や種籾が置かれ、納戸の神もまた、そこに常在していた。現代では、窓のない物置部屋のように理解されがちではあるが。
高取は納戸と寝殿造における塗籠を相同のものとする。『竹取物語』では、天上界からの侵入に抗して、かぐや姫と翁が最後に閉じこもる部屋である。ソトからは入れない。しかし姫は、塗籠をウチから開けることで、大地を離れることになる。
古井家に復元された竈は、奥の土間のほぼ中央にある。土間は水平ではない。奥とオモテとではおよそ30センチの高低差があり、柱もその分だけ長さが違う。敷地の傾斜をそのまま受けたというより、この差まで含めて家全体が構えられているように見える。火を起こせば、煙は低く這い、納戸へ、オモテへと流れていく。
ほかにも、見たこと、聞いたこと、感じたことが、まだまとまりなく、いまも漂う。
さて、炎暑のなか、妻と古井家をあとにした帰路、地図を見ると、柳田國男の旧宅がすぐ近くにあることに気づく。福崎町西田原、柳田が「辻井の家」と呼んだ場所へ向かう。母が家事をしながら、おそらく障子越しに、素読の読み間違いを正したという、柳田の記憶の場を確かめるために。なるほどという感を得た。ただ、古井家を見たあとだからなのか、暑さによる疲れのためなのか、どうにも落ち着かず、早々に引き上げてしまった。
福崎町は、いま妖怪で売り出し中らしい。車を停めた前には旧郵便局の建物があり、「妖怪BOOK CAFE」として営業していた。カッパアイスと妖怪スムージーを賞味する。美味し。
その隣では、当地の大庄屋・三木家も、公開日となっていた。柳田が懐かしく「帰る」場所として記したのは、辻井の旧宅より、むしろこちらだった。だがなにせ酷暑の折でもあり、またの機会にと念じた。
柳田は12歳のころ、ここに1年ばかり預けられていた。始終2階の書庫に入り浸り、立ち読みと乱読を重ねていたが、階下の居間にいたお婆さんから声がかかると、下へ降りてお菓子をもらう。その時間の、あまい記憶。家が宿すものがそこにあるのならば、いまもその甘さを感じることができるだろうか。
そもそも今回の遠出の発端は、前日の7月31日。野田秀樹作・演出『華氏マイナス320°』を、大阪新歌舞伎座で観るためだった。五月の東京芸術劇場に続いて2度目。
フラスコと人骨の並ぶ中世錬金術の部屋で。ファウストは、「若い」を「苦い」としか読めないと嘆いている。劇の変転のなか、現代へ移るにつれ、表無助手としての野田自身とも溶け合っていく。理論も何も、すべては嘘であり、記録も記憶も存在しない。そう宣言するその瞬間、老いが失わせた活力を取り戻したように見えた。
だが、ファウストは契約によって溶けていく。その約束の言葉を発する直前に、彼はたしかに「若さ」を取り戻すことができたのだろう。若さとは、何なのだろう。同じように年老いていく自分に、これからも問い続けることになるだろう。
メフィスト―天使―少女―ヒミコが、テンシ――生まれ出ることを望まれなかった存在――に向かって叫んだ声を、記憶の底の傷として持ちながらの問いとして。
なんで黙っている、怒れ、もっと怒れテンシたち。怒れ!怒れよ!
なんで怒らないの? 怒れないの?
angerとangel、一文字しか違わないのに。たった一文字が、どうしてこんなに遠いの?
◆参照文献
†. 原田紀子,1995『西岡常一と語る木の家は三百年』農文協
†. 高取正男,1982「後戸の護法神」『民間信仰史の研究』法蔵館
†. 高取正男,1972『民俗のこころ』朝日新聞社
†. 下山眞司『日本の木造建築工法の展開』「Ⅰ-2住まいの基本の形,3既存の地物や近隣への作法」
†. 下山眞司『日本の木造建築工法の展開』「Ⅲ-4-1 古井家」
†. 重要文化財古井家住宅 (千年家) 保存修理委員会,1971『重要文化財古井家住宅修理工事報告書』NDLデジタル
†. 今和次郎,1958「住居の変遷」『日本民俗学大系 第6巻 生活と民俗1』平凡社,NDLデジタル














