エノコログサの食べ方〜その3

 11月4日。雲南市木次町里方は局所一時的豪雨に見舞われた。雑穀類を車に運ぶのもままならず、ダムの見える牧場で開く予定だった「エノコログサを食べてみよう」は、自宅の土間で実施。トーミによる選別はできないものの、そのぶん、丁寧に一粒ひとつぶを確かめながら、脱ぷを進められた。
◉10月中旬から下旬にかけて「収穫」したもので、籾殻つきの乾燥重量は62g。 20171104-P127020002


 これは10月24日の収穫時なのだが、こうなるととりにくい。黒い実となると脱粒しすぎて、ふれただけでぽろっといくのだ。紫色くらいの状態になったものを手でしごくのがもっとも効率がよい。緑色のものもとれなくはないが、するっとはいかない。

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時期としては10月上旬のほうが「穂が紫色にみえるもの」が多いと思う。

◉乾燥は粒の状態で天日干し。雨天時は屋内にしまっていた。直射日光にさらせたのは3〜5日程度で、あとは屋内で新聞紙をしいた段ボールにほおっておかれた状態が2〜3週間ほどか。鳥に食べられることは、今回は少量でもあったのでなかった。
◉脱ぷしてみてわかったことをいくつかあげておく。
・モチアワよりも粒が大きい。アマランサスよりは大。
・籾は緑色でも黒色でも中身はほぼ同じで、薄墨色。
・籾殻は稲わらの香りがする! これは意外であって、モチアワではそんなことはない。なぜだろう。緑色の殻がその香りを有しているのかもしれない。

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◉粒も大きいので、トーミを使った風選でいけるのではないかと思う。これは明日、味見も含めて検証してみよう。今日は一粒一粒たしかめながら、ピンセットでつまみ選別した。

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 さて、どういう料理にするかだが、リゾットを試みるつもりで、明日のところは脱ぷ作業に集中しようと思う。牧場では、昨年のアマランサスとネギをまぜたロティに少しばかりまぜてやいてみようと思う。粉化を石臼でやってみることも含めて。

カブと小麦

 11月2日。裏の畑に、8日ばかり前であったろうか、ひとうねぶんほど蒔いた小麦が、小さな芽を出し始めている。昨秋40粒ほどからふやしたスペルト小麦。どうするどうなるなんて考えず、まずは育ててみたい、その姿を見てみたいと思う一心だったのが1年前だとすると、今年はその行く末に心を砕かねばならない。まずひとつの思案は、どうやって食べるか、ということだ。
 ひいて粉にするよりは粒のまま食せないのだろうか。製粉の労を略したい動機によるのだが、脱穀、籾摺りまでが、それなりに苦難の道となりそうなので、ゴールを少しでも手前にひいておきたいのだ。
 それにしても。
 焼畑ではじめて栽培したのはカブであった。そして今年の秋、蕎麦とカブの焼畑後作に、裏の畑にもまいた小麦を試みている。カブと小麦はおともだちだと知ったのは、1年目の焼畑でできたカブをなんとおいしいカブなんだと食した後であったし、仁多の正月カブに誘われたのはそのさらに後のことだ。

《わが国には野生に近い状態で生育しているツケナやカブが各地にる。……(略)……正月カブ 島根県仁多郡横田町には正月蕪と呼ぶ自生カブがある。葉は開張性で欠刻があり、有毛で根はある程度肥大する。土地の人は年末から正月にかけて採り食用にし、このことから正月カブと呼んでいる》青葉高,2000『日本の野菜』

 栽培蕪の起源には諸説あるが、地中海に自生するアブラナ類であるとすれば、小麦・大麦にまじって、中国大陸を経由し、いつの頃か日本に渡来したものには違いない。仁多の正月カブは、栽培種からの逸出や交配もあったやもしれないが、雑草として渡来し、今のいままで生存をつづけていると考えるのも一興であろう。三沢の地に残るそれと、海を越え、時を超え、シチリア島の麦と蕪とオリーブを思うのは、与太話としてはできのよすぎる物語だろう。

和名抄_菜


 青葉高が先の『日本の野菜』でも指摘しているとおり、『和名抄』には、蕪菁(カブ)、莱菔(ライフク・ダイコン)は園菜の項にある。一方  は蕨と同じく野菜の項にあるのだ。この関係は大変興味深い。正月カブ(年とりかぶ)のこと、この線からもっと掘っていかねば、と、思う。はい。
 なにはともあれ。古代小麦と三沢のカブの菜をオリーブオイルであえてサラダで食べることを来年の夢としよう。※まとまりがないので、のちほど書き換える予定です。すみません。
 以下に関連記事をあげておく。
●「まかぶ」とは!?  三沢のUさんは、地カブのことをまかぶと呼んでいたようだ。私は逆だと勘違いしていた。まかぶという標準的(平均的・全国的)カブがあり、地元にかねてからある特徴の高い自給性の高いカブが地カブだと。どうなんだろ。
●林原の焼畑でつくられていたカブとは 『尾原の民俗』の中には「地カブ」という名で出てくる。このあたり再度図書館で閲覧しよう。『志津見の民俗』は古書で購入することにした。『尾原の民俗』も手元におきたいが、市立図書館にもあるので自重。
●大根は縁起物か? 加筆がまだできていない。ここらについては、伊藤信博のいくつかの論文を参照しつつ。
●みざわの館前の「地カブ」  そう。「地カブ」はいまの世代でも通りがよい。じゃあ「まかぶ」はどうか、「年取りかぶ」はどうかというのが聞くべきポイントなのかも。
●年取りカブの種取り
●都賀村の地カブについて

●しゃえんば  

エノコログサの食べ方〜その2

 台風ランが列島に荒ぶる威を3日ほどたち、今日は久しぶりに太陽が山の地にも降り注ぐ日和となりました。エノコログサの採集は昨日から再開しましたが、もう時期が終わりなのかなと少々意気消沈。

 こういう状態。10日ばかり前の時期であれば、実が黒茶のものの割合がもっと高く、手でしごくかたたけば、ボロボロと実がとれたのですが、そうはいかない穂が9割以上なのです。
 採取した奥出雲町佐白ですが、豪雨に見舞われた、その影響もあるかもしれません。考えたことをいくつか。あげてみます。
・アワも発育不良のものは脱粒性が高い。別面からいえば、実の熟し方がひとつの穂の中でもばらついてしまうということ。たとえばこんなふうに(下写真)。
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 エノコログサはもともとばらつきがさらにあるもの。そのばらつき加減・偏差がよりひろがる傾向にあるのかもしれません。登熟時期の遅れや天候不順といった要因によって。
・今日から3〜4日は気温が高く快晴が続きます。
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 この間、登熟が遅かった群落の実がうまく熟してくれれば、1日あたりにどさっと収穫できるかも、しれません。うまく晴れてくれれば乾燥に3〜4日。
「エノコログサを食べてみよう」の会に間に合う!? という展開を期待しつつ、観察とほかの仕事にいそしみましょうぞ。
参照
●エノコログサを食べてみよう〜その1
 

秋、野生のあずきを探しに、6000年前の記憶を探しに

焼畑で2年目となるヘミツルアズキの収穫が進んでおります。焼畑地でのそれは島根大学里山管理研究会におまかせ。私めは、自宅の庭と裏の畑でいたずらまじりにまいておりましたが、ぼちぼちととれています。
今日あらためて、焼畑地(2年目)のものと菜園畑地のものとをくらべてみました。焼畑地の方が鞘も実も大きいですね。

左が庭と畑のもの、右が焼畑(山畑)のもの。
なぜこんなにもちがうのか。興味深いところです。

いろいろと考え、古い資料をひっくり返したりしてみました。そう。もともとアズキはとてもおもしろい豆ですし、日本で研究・調査する価値の高い生物資源でもある。
素人の疑問として、栽培アズキが日本起源であるという説はDNA解析の進展とともに有力さをましているようですが、他の多くの作物、イネ・ムギ・アワ・キビ・が中国大陸からもたらされたものであるのに対し、なぜアズキは日本から大陸(東アジア)へ伝播していったのか。
日本思想の特質とも重なるようで、これ、大変刺激的なヒントをはらんでいると思うのですが、いかがでしょうか。
●ツルアズキを植えてみるその準備メモに追加する参照資料として、《山口裕文「照葉樹林文化が育んだ雑豆”あずき”と祖先種」2003,〜『雑穀の自然史』北海道大学図書刊行会所収》をあげつつ。
日本でもっとも古いアズキ出土は滋賀県の粟津湖底遺跡(6000年前)ですが、他をみても軒並み日本海側、山陰〜北陸に分布しているのはこれまた興味深いことです。鳥取県の桂見遺跡では、4000年〜5000年前の炭化したアズキが出ています。桂見遺跡といえば、6mをこえる長さの丸木舟2槽が出たことで知られますが、人とともに種や豆が海を越えて行き来したことを夢想せずにはいられませんね。
さて、これから10月にかけて、野のあずきを探しにでかけてみませんか。5000万年の記憶を探しに、秋の野に。

種子を残す意思と摂理と

 温海かぶの種を蒔いてから1週間。昨日確認したところでは、なんと発芽は0。炭で黒くなっている地面なのでどんなに小さくとも緑色を見過ごすことはない。どれだけ出ているか、雨の中、期待を胸にすべる山の斜面をのぼっての0。落胆と同時になぜだろうと「?」が脳内を行きつ戻りつした。

 火入れから25日ほどたった蕎麦が発芽しなかったところに蒔いているので、条件はよくない。とはいえ、過去2年ほどは火入れした2〜5日後には発芽が確認できていたものだ。ちょっいと原因を整理してみよう。

・島根大の冷蔵庫で保管してきた2年前の種子である。冷蔵庫から出したのはおそらく数日前か。

→常温の方がよいのかもしらん。あるいはもう少し早く冷蔵庫から出しておくべきか。種子にとっては冬から春に変わったという認識となる。

・発芽しにくい土である

→蕎麦が発芽しなかった地であるからして。蕎麦よりは条件悪くても発芽はしそうなのがカブなのだが、どうでしょう。

・降雨が少なかった

→一時的に降ることはあったが、まとまった降雨は8月30日〜9月5日までない。これが要因として大かもしらん。山の斜面でかつ水もちの悪いところであると思われるので。

 最寄り気象台データである大東の降雨記録をあげておこう。

大東気象台降雨記録

 さて、書きおくべきこと、本題はこれからなのだ。

 落胆を胸に、?マークを頭にのせて、山を降りようとしたとき、ふと目がとまった。

 ん?? これはカブじゃあないか。

 おそらくこぼれ種と思われるカブである。種を蒔いた周辺部、すなわち火入れした地面と草が生えている境界部で発芽しているではないか。けっこう成長している。双葉から3つ葉を出しひろげている。おやおや。要点をば以下に。

・種は2年前のものと推定される。

・8月5日に火入れした際、蒔かれて眠っていた種子の大半は死んでしまったが、温度が死ぬほど高くならず、しかも休眠を打破するくらいには高くあがった地点で発芽したもの。発芽から2週間くらい経過したものか。

 種子の生存にかかる摂理を感じる。

 

モチアワ、タカキビ、ヒエの現状

 春焼き地のモチアワが出穂です。勢いはありませんし稔りは薄いでしょうが、7月13日(下の写真)の惨状からすればよくぞここまでという感があります。シカにもウシにも食べられました。出穂前というのは、茎が美味しいのでしょうか。
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 そして、本日、すなわち2017年7月31日のモチアワが下の写真です。

 ちなみに昨年、2016年8月3日のモチアワはこちら。稔り方の違いがわかるかと思います。
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 続きましてタカキビです。
 まず7月13日。こりゃダメだわと思いました。
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 が、ここまで回復はしています。
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 そして、ヒエ。
 7月13日のこの食害のさまはひどいものだと思いました。
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 約20日後の7月31日の状況がこちら。
 モチアワ、タカキビより状態は悪いのですが、この勢いがどこまで続くか、ですねえ。
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 これから夏の盛りの1ヶ月は光合成能力をいかんなく発揮できるときであります。
 見守っていきますよ。
 応急処置の草刈りを約15分実施しました。
 水曜日にまた少しやっておこうと思います。

2017年アマランサス(赤穂)の成長を振り返る

島根県仁多郡奥出雲町佐白における竹の焼畑。アマランサスの焼畑栽培については2年目にあたる。赤い立穂を有する種を優先的に栽培すべく、新たな種を入手し育成することにした。長野県松本地方で自然栽培による育成を重ねている種である。
これを火入れ後、蕎麦と蕪を栽培した後にまくものとして試してみた今年。途上であるが振り返りつつ課題をもう一度整理してみようと思う。
◉5月18日
通称「中山」。播前にはオオアレチノギク(おそらく)が背を伸ばし始めている。中山ではオオアレチノギクが焼畑後のパイオニアプランツとして優先している。この日、そのキクを根こそぎ抜いて種を蒔いた。
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◉6月4日
なかなか発芽しないこともあり何度かにわけて種を蒔いているのだが、この段階でも発芽は認められなかった。
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◉6月10日
待ちに待った発芽。ひとあんしん。
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◉6月23日
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◉7月6日
地形上、日照にめぐまれておらず、また間引きが大きく遅れたこともあるのだが、成育はよくないうようだ。
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◉7月24日
夏、ぐんぐんと成育してほしい〜。
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アマランサスの発育状況と「神の穀物」の由縁と

◉アマランサスの発芽のこと

 今年は焼畑2作目として播種しているアマランサス。

 ざっと以下のことを考えている。

・吸肥力が高いその性質から2作目向きかもしれない→収穫量はどうか(単純比較はできないが)

・急斜面で日照不十分なところではどうか&昨年は9月の秋雨で倒伏がひどかった。

・赤穂を選抜したい→新しい種を取り寄せ(A地点)&赤穂から種取したものだけを播種(B地点)

 結局播種が遅れ、発芽もかんばしくなく、昨年より1ヶ月遅れの収穫かと思っていたら、意外においついてきている感はある。

▼昨年(2016年)7月9日時点のアマランサス

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▼今年(2017年)7月6日時点のアマランサス

A地点…急斜面・日照不十分/前年夏火入れ〜秋冬で蕎麦と蕪栽培/入手した赤穂を播種

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B地点…段丘地・日照良し/前年夏火入れ〜秋冬で蕪栽培/赤穂から種取したものを播種

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◉神の穀物と呼ばれる由縁(1)

 アマランサスの説明をする際に、インド・ネパールでは「神の穀物」と呼ばれていることを常套句のように使う。神事に供物として欠かせないものであることと、他の穀類が干魃で不作となってもアマランサスだけは稔りを約束してくれるからだと。しかし、乏しい知見に基いておるので、薄っぺらいなあと自分でもよく思う。せめて資料を再読し、あたるべき文献にもあたっておこうと思った次第。

 今回は(1)として。

 概要は、アマランサス・キヌア研究会のシンポジウムのレポートをみるのが早いと思います。それらの中でのべられる特徴としては以下の内容が代表的。

【アマランサス】

・学名アマランサス、ヒユ科、中米原産。

・主な栽培種は Amaranthus hypochondriacus(センニンコク)、 Amaranthus cruentus(スギモリゲイトウ)、 Amaranthus caudatus(ヒモゲイトウ)。

・主な栽培国は、アメリカ合衆国、メキシコ、ペルー、中国、インド、ネパール。日本国内では岩手県、長野県等。

・環境適応性が高く、熱帯、温帯、乾燥地帯での栽培が可能。(→悪条件下での栽培に可能性。未来の穀物として期待)

光合成能が高く、生長がはやいC4植物。

 播種から収穫までの期間が短い。品種による差異はあるが3〜5ケ月である。干魃に強い。種子の収量(1〜3トン/ヘクタール)は穀物の中では平均的。

・国内における栽培の課題は、倒伏しやすさ、種子サイズが小さい(直径約1.5mm、千粒重量約0.7g)ことによる脱穀選別の難しさなど。

・利用法は、米との混炊が一般的。ポップ菓子や、パン、ビスケット、麺、 食酢にも。

◉南峰夫・根本和洋の「ネパールにおけるセンニンコク類の栽培と変異」

 2003年に北海道大学図書刊行会より発行された『雑穀の自然史ーその起源と分化を求めて』に所収されている論文である。いくつかのポイントをひいておく。

《私たちは1982年以来、ネパールのほぼ全域においてセンニンコク類の調査と収集を行った

収集したセンニンコク類の種子サンプルは399系統である。センニンコクは347系統で大部分を占め、ヒモゲイトウは52系統である》

《センニンコク類の栽培は、乾燥した西側の灌漑設備がなく天水に頼る中山間地の僻地ほど多い。……(中略)……標高90mから3400mまでの幅広い標高に分布し、

1000m〜3000mのあいだに大部分のものが見られる》

《ヒモゲイトウのほとんどは1500m以上に分布し、1000m以下では収集されなかった。ヒモゲイトウがセンニンコクより乾燥と高温に弱い(西山,1997)ことを裏付けている》

 ネパールでの呼称の分布は3つにわかれるとしているが、インド北西部(ビハール州・ウッタルブラデシュ州)とネパールのタライ平野に見られるramdanaが、神の穀物と称されるものにあたる。

 ramはヒンドゥー教の神のこと、danaは穀物の意であると、この論文では簡単にふれている。ここらはインドでの利用、栽培、神事での位置づけなどについて、他の論文をあたってみる必要がある。

 というわけで、今日はここまで。

 

 

 

しゃえんば

「畑には家の近くにある菜園場(しゃえんば)と、家から離れた畑にわかれる。前者では四季折々の野菜をつくり、それは毎日の食卓にのった。また少し離れた畑では、麦、大豆、粟、きび、とうもろこしなどの雑穀類のほか芋類、朝を栽培した。大正になると養蚕が始まり、菜園場以外は桑畑にして盛んに桑を作り養蚕をした」(新修木次町誌、平成16)

 これは、<昭和30年代まで残存していたもの>として、町誌が記載しているものだ。新修版が出る前、昭和47年刊の「木次町誌」には「しゃえんば」という言葉はなかったと思う。もう一度図書館で確認してみたい。気になって仕方がないから。

 件の新修版の記述は、《記憶からも消えてしまう前にここに記すものだ》として書きすすめられている。昭和47年刊の旧町村ごとに記された民俗編の詳細さと比べれば、ずいぶんとあっさりそぎおとされている。それでも、「しゃえんば」が出てくるのは編集・執筆子がもつ傾向もあるのだろうが、しゃんばがいよいよ、どんなものだかわからなくなっていく時代だったからではないか。

 それが証のひとつとして、新修版では家の近くにある畑をしゃえんばと語る一方で、家から離れた畑をなんと呼ぶかがない。いや明示はされていないのだが、菜園場の次項としてある焼畑であろう。そして焼かない焼畑もあった、同箇所に「場所のよいところは削って山畑にする場合もあった」とある「山畑」は焼畑を包含する概念として「菜園畑」と対になるものではないか。

 ここで仮説をたててみよう。

 山陰地方において山畑という呼称は江戸の終わりごろからあらわれて、昭和30年代をもって消えていったのだ、と。

 次回は、『聞き書島根の食事』にあらわれる「山畑」の比較を整理してみたい。農文協から平成3年(1991)に刊行されている「聞き書」である。この本、聞き書きされているその内容が、困ったことにいつの年代のことかがわからない。さまざまなところから類推するに、おおむね昭和20年代から30年代の生活のようだ。要するに戦後しばらくの生活。民俗調査も盛んだった頃だから、納得もされようが、これがやややっかいなのは、明治の終わりから大正にかけての生活の激変時代を通過しているという問題がひとつ。そして戦後の生活改善運動の影響をどうこうむっているのかがよく見えないということ。このふたつに留意したい。したいのだが、そのためにはもっともっと読み、聞きを重ねないと「読めない」のだと思う。ただ読める前に寿命がきてしまうことをおそれ、ここに断っておくだ。自戒もこめて。

 

 さて、この稿では辞書からのアプローチをやってみる(おいおい整理する)。

 菜園が方言としてさまざまなバリエーションをもっていることが国語辞典や方言辞典をみるとわかるのだが、島根県ではとくにその数も多いようなのだ。

 日本国語辞典では「菜園」の項は、こうなっている。※数字は出典番号である。

「さいえん(菜園)」の変化した語。

*玉塵抄〔1563〕五「これからしてはたけさえんなど心がけてひっこうでいもほりしてすぎうと云に学圃とかくぞ」

*和訓栞〔1777〜1862〕「さえん 菜園也、今対馬にて、さいえんと云へり」

(1) 菜園。野菜畑。主に、自家用のものを作る畑や、屋敷内の畑を言う。 山形県139/ 兵庫県652664/ 島根県725/ 広島県054776/ 香川県小豆島・豊島829/ 愛媛県840/ 熊本県919/ 大分県938/ 鹿児島県薩摩963/ 肝属郡970

《さーえん》 熊本県芦北郡919

《さえもんばたけ【―物畑】》 香川県大川郡829

《さえんじ【―地】》 香川県小豆島829

《さえんじり》 高知県土佐郡866

《さえんだ【―田】》 福井県武生市430

《さえんば【―場】》 青森県三戸郡083/ 兵庫県加古郡664/ 島根県725/ 広島県高田郡779/ 山口県阿武郡797/ 香川県綾歌郡・高見島829/ 愛媛県840/ 熊本県球磨郡919/ 鹿児島県肝属郡054

《さえんばた【―畑】》 静岡県磐田郡546/ 島根県石見725

《さえんばたけ》 青森県三戸郡083/ 新潟県佐渡348/ 島根県石見725/ 熊本県南部919

《さえんばつけ》 鹿児島県肝属郡970

《しゃーえんどころ【―所】》 熊本市919

《しゃえもんば【―物場】》 島根県簸川郡・出雲市725

《しゃえん》 山梨県455/ 南巨摩郡465/ 愛知県知多郡569/ 兵庫県淡路島671/ 和歌山県東牟婁郡704/ 鳥取県西伯郡719/ 島根県725/ 徳島県811/ 香川県829/ 愛媛県840

《しゃえんじ》 山梨県南巨摩郡465/ 徳島県811/ 香川県大川郡・香川郡829

《しゃえんじり》 徳島県那賀郡813/ 愛媛県宇和島市040

《しゃえんば》 福井県武生市430/ 島根県725/ 香川県大川郡・三豊郡829/ 熊本県北部058919

《しゃえんばた》 愛知県中島郡567

《しゃえんばたけ》 島根県出雲725/ 熊本県919

《しゃえんやま【―山】》《しゃやんば》 島根県隠岐島725

《しゃんば》 島根県邇摩郡725

《しゃんやま》 島根県隠岐島725

《せーえん》 熊本県天草郡919

《せーん》 青森県上北郡082

《せんば》 福井県武生市430

《そえん》 鹿児島県大隅963

(2) 野菜類。 岩手県九戸郡088/ 新潟県佐渡 「さえん売り」348/ 長野県上伊那郡488/ 静岡県磐田郡546/ 山口県大島801/ 愛媛県840/ 高知県864/ 高知市 「うちの畠でさえんは充分に作ります」867

《さえもの【―物】》 宮城県栗原郡114/ 徳島県810

《さえんもの》 青森県三戸郡083/ 山形県139/ 福島県相馬161/ 新潟県佐渡352/ 静岡県520/ 兵庫県加古郡664/ 山口県防府市791

《しゃうえんもの》 愛知県海部郡・名古屋市549

《しゃえもん》 徳島県810

《しゃえん》 山梨県南巨摩郡463/ 長野県上伊那郡488/ 下伊那郡492/ 岐阜県羽島郡498/ 愛知県尾張567/ 愛媛県840/ 高知県861

《しゃえんもの》 山梨県南巨摩郡465/ 愛知県名古屋市562/ 島根県出雲・隠岐島725/ 徳島県809/ 香川県仲多度郡829

(3) 野菜を作ること。畑作。 青森県三戸郡 「さえんする」083

《しゃえん》 愛知県名古屋市562

《せーん》 青森県上北郡082

 一方「山畑」はどうか。これが意外にというかやはり(予想どおり)少ない。

やま‐ばた 【山畑・山畠】

山または山手にある畑。山間の畑地。やまばたけ。

*名語記〔1275〕六「山ばたなどにつくるきび、如何」

*為重集〔1380〕「山はたに立し烟の下蕨峰にもをにも今ぞもゆらし」

*大島奥津島神社文書‐明応元年〔1492〕一二月四日・奥島惣庄掟「さやうの人の山はたあるは、惣庄ち行となる可事」

*地方凡例録〔1794〕二「山畠と云は、村居に離れたる山方に畠地有〓之、本村下々畠よりも地面不〓宜」

方言

(1)山にある畑。《やまばた》香川県大川郡829

(2)焼畑。《やまばた》長野県上伊那郡012奈良県吉野郡688《やまはた》香川県三豊郡(山を焼いて蕎麦(そば)054《やんばた》長野県上伊那郡010

 今日のところはここまで。

アワ栽培雑データ

前回、写真を取り出して、昨年の「アワ」についてふりかえってみました。
モチアワの10段階
アマランサスについては、Growth of amaranth that are grown in slash-and-burnにまとめています。
経過記録が少ないのですが、ほかのものについてもこれから急ぎまとめておきます。

さて、ここで、昨日からつらつら調べてきたことのメモを残し、加筆をまとうを思います。いつまでたってもまとまらず、いずれまた記憶からも消え、記録にならないことを憂慮しての「措置」といえましょう。
・国内にあっては、突出した雑穀生産量を誇る岩手県であり、情報もそちらが多くなります。が、われら奥出雲とは気候からして違う。むしろ西日本での栽培地を参照しておかねばと思った次第。
・たとえば、モチアワについて。
・岩手では大鎚10が収量も多く推奨品種として生産の大半をしめているようですが、アワといえば黄色のイメージ、そして和菓子原料としては黄色が重用されることから、大槌10の糯性と仁左平在来の黄色い胚乳色と大粒性をあわせもった「ゆいこがね」を育成しています。
・昨年、われらが焼畑で撒いた岩手在来も大槌系統だと思います。種は野口種苗から購入したものですが、岩手在来としか記載がありません。
「「大槌10」は1985年に上閉伊郡大槌町から収集され、その多収性により平成9年度に「岩手県雑穀優良系統」に選定された茎色が紫の糯アワである」※1のであり、また「アワの茎色は紫色が優性」 2016年8月9日撮影時には出穂しており、紫色の茎は判然としませんが、20160809-P114044902
7月9日撮影時のものだと茎の下部は紫だし、
20160709-P114037402
6月28日撮影時のものははっきりと紫の茎です。
20160628-P114032902
・参照資料として以下をあげておきます。
※1)仲條眞介2015〈アワ新品種「ゆいこがねの育成」〉(岩手農研セ研報14)
※2)特産種苗No.24 【雑穀類の生産状況平成23〜27年産】(日本特産農産物種苗協会)2017.2
・岩手ではソバ用のコンバインを使って収獲されているケースが多いようです。
熊本県湯前町では雑穀生産に力をいれいくつかの商品開発もなされています。平成27年の作付面積が、アワ95a キビ40a、ヒエ60a。ここらから、ざっくりとしたものを想定しはじめてみるのがよいと思います。
https://takuhai.daichi-m.co.jp/Goodsdetail/06304091
農文協『新特産シリーズ 雑穀雑穀』をじっくり読み返しています。昨年慌てて読み飛ばしていること多数。
・とりわけ、奥出雲で秋アワはできるのか、やるべきなのではないか、などということを考えました。種は春のが使えるのかどうか。出穂条件などをみて、可能性があれば試しに今年にでも。また、種が九州四国などで手に入ればそちらでも。