流域圏で考える環境セミナー思案&試案&私案

 9月26日にせまってきました。
 さて、作戦です。テーマをふたつ用意することは思いつかなかった。むしろ3つあってもよいくらいかもしらん。ひとりなので、
1)環境セミナーのチラシをつくる
 従来通りのテーマでいきます。どうしましょ。何をめざすのかをいえばいいのかな。テーマは「焼畑」。民俗学、歴史地理学、からのアプローチということと、広義の環境学国学、とりわけ宣長の自然観との関係からよみほどき、つなげてようと試みようぞ。
2)別テーマのチラシをつくる…こっちは1)とは別なのだが、広報は同時展開と。あくまで付録ですから、準備にさく時間を少なくしたい。テーマは「環境」と「市場」を出版からみて。かのお。こちらは1)をかなり否定していく内容になると思う。石渡正佳氏へ連絡をしておくこと。『産廃コネクション』『リサイクルアンダーワールド』『環境危機をあおってはいけない』などが資料となる。こちらは前述2著の編集者としての語り。
3)付録として「空き屋再生の町づくり予告編」を20分くらい。これはほぼ準備なしで、一気に語りまくる。『年収200万円からのマイホーム戦略』の編集者としての語りです。
 

居去神社

 奥出雲町上三所に座す。
 スガヒ山の北麓。スガヒ山の頂に祀られていた神霊が分祀され、ここにひとつ。あともう2つはいま失念。また調べて補足しよう。
 中世の国人領主、三沢氏が山城を設けるに際して、里へ下ろされたような記録が残っている。
 現在、その山は城山と呼ばれている。頂上には電波塔がたち、車で登れる道がついているらしい。秋晴れの日に行ってみようぞな、もし。

沖縄戦を確かめる

 沖縄ってなんだろう?
 この写真展は松江の白潟本町の一角にあるスティックビルの1階である。今回はいっせいに展示されていて、「把握」や「理解」の一歩のような催しとなっている。日曜日には映画の上映会があって監督もいらっしゃる。
 しかし、こういうものにふれたくないという人も多いのではなかろうか。重いとか、煩わしいとか。その気持ちもとてもよくわかる。
 あぁ、でもね、この戦争はまだ終わっていないのです。敗戦を終戦と言い換えて、ごまかしてきたものは、いつまでも私たちにつきまとい続けるに違いありません。「やだな」と感じる人の感性は間違っていないと思います。ただ、ケリのつけ方が間違っているのです。こういう機会はそうそうあるものでもない。
 もやもやしている気持ちがあなたにあるのなら、ケリをつけにスティックビルへ行ってみませんか。……というお誘いでした。
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「友の碑」予告編

再生する竹薮

 6月9日に撮影した写真である。

 竹林を形成するつもりで「整備」したのではないと思われるので、7月初旬までに刈り取ってしまわないと、薮化するだろう。

 ああ、折って片付けたい衝動にかられる。このくらいのものだと、まだ硬化していないので、ぽきりと手で折ることもできるのだ。

 や、しかしである。この草たちの勢い。生命力の豊かさというか、しぶとさを、大いに発揮しているようだ。冬の時分には、歩いてここから100Mほどは奥まで入れていたのだ。

 密生した竹で覆われれば、この草の勢いはそがれていくのだろうか。

 そこに興味がわいてきた。

 すなわち草vs竹。

 定点観測を続けてみようと思う。

 

 

「古い家」または「空き屋」

 美しい。
 数多くの田舎の家を見てきた中で、あぁ美しい、と、この家のことをまず思い浮かべる。

 この納屋の庇をみれば、なんと板葺きなのです。

 雪深い地区にあるこの家には若い夫婦が移り住んで暮らしています。

 ……というように、種々の家を出すのもいいのだろうけれど、
 どかんと、廃屋に至る道を歩き始めた家をのせるのもいいような気もしている。

気仙大工とは〜「先祖になる」断章

映画「先祖になる」の中には複数の多様な線が走っている。忘れぬよう、思い出しながら、ひとつひとつをメモしていこう。30以上はあるはずである。

「これが気仙大工の技術だ」

仮設住宅には行かず、被災した家に住み続ける77歳の老人、佐藤直志が、水平器を持ち出して柱にあてる。映画の冒頭、ロングインタビューのひとこまである。

さて、その気仙大工とは?

岩手県気仙地方(藩政期は伊達領)の大工の呼称で、江戸時代から集団での出稼ぎで名を知られていったようだ。民家はもちろん神社仏閣、建具、細工もこなしたという。

NHK「美の壺」での紹介は”気仙大工は豪快で骨太”として、以下のように紹介された。

 気仙大工と呼ばれる人々の仕事です。腕の良い大工集団として、江戸時代から記録に残り、岩手県南部(陸前高田市、大船渡市など)を拠点とします。

元大工で、気仙大工の歴史を研究する平山憲治さん

平山「気仙地方(岩手県南部の沿岸)は海と山に囲まれた耕地の少ないところで、仕事がありませんでした。そのため、大工になって高収入を得ようという人たちが多かったんです」。

岩手県大船渡市にある長安寺の山門(江戸時代中期築)をはじめ、気仙大工は、お寺や神社も手がけました。全国各地に出稼ぎに行き、寺社建築に携わり、高度な技を持ち帰りました。その同じ技を、民家でも惜しげなく発揮したのです。細部まで凝りに凝った仕事が気仙大工の特徴です。

これは江戸時代中期に作られた欄間。空間を斜めに区切った大胆なデザインです。一枚板に、繊細な透かし彫りで弓矢の模様を表しています。

平山「けっして同じものを作らず、必ずそれ以上のデザインを考える。それがどんどんエスカレートしたことで、気仙大工のブランドが高まったのだと思います」。

派手な装飾が目を引く気仙大工の仕事ですが、その真骨頂は丈夫な家造りにあります。一般的なものより太い柱を使い、何世代にも渡って住み続けられる家を建てました。

平山「柱が太くなれば、高さも高くしなければならないし、ケタや梁も寸法が大きくなります。それによって耐久性も強くなります。丈夫な家造りも一つの特徴なんです」。

美しさと頑丈さを備えた家造り。それが気仙大工の理想でした。

また、Makiko Tsukada Architectsのブログでは、気仙大工による建築として、その特徴が写真とともに紹介されています。

気仙大工……、折をみて掘り下げてみたいものです。

そこから、伝統工法の秘密と魅力に近づいていけたらよいのですが。

さくらおろちの花の下

 ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃

 竹薮の暗闇の前に浮かび上がる姿に西行の歌がかぶります。

 そうそう、お役所では「桜の下に首ひとつ」という句があると聞きました。老いた桜(ソメイヨシノ)は切りたくても切れなくて、切ろうとした管理官の首のほうが切られるのだというお話。

 ソメイヨシノは自家不和合性が強い品種であって、ソメイヨシノを両親とする種は稔ることはあっても発芽には至らないという。よって子孫を残せない1代限りの種。ほとんどすべてが接ぎ木、挿し木による繁殖である。ある意味、日本のソメイヨシノはすべてクローン。

 江戸の花見文化から生まれ、戦後またたく間に全国に広まったこの花の栄枯盛衰を思ってみれば、「おごれるものもひさしからず」。

 ソメイヨシノにおごりもなにもないのだろうが、少々行きすぎたもてはやされぶりだなあと思うのだった。

さくらおろち湖のサンクチュアリ

 人の波に洗われる桜並木もあれば、人が足を踏み入れることのない場所にあって、春の風に、薫る大地に祝福されるかのように、淡い花を咲かせる桜もある。

 しかし、この場所は人の手が入りかねていて、植樹された楓が葛に埋もれてしまっている。からまった葛のかたまりをみると、何かを思い出す。そう宮崎駿風の谷のナウシカ」(書籍のほうね)で描かれるところの「闇」のイメージ。いやなもの、きたないもの、からみあったもの、要すれば人が嫌悪感をもつもの、である。

 「闇」との対話については、宿題とするとして、ここで、その手前にあるもの、腐海や蟲といった「攻撃してくるもの、おそってくるもの」への理解である。

 「怯えていただけなんだよね。こわかっただけなんだよね」

 とナウシカはいう。

 攻撃してくるものは、怯えているものである。

 怒っているものは、傷ついているものである。

 そして、人は傷つき怯えているものを理解し、共感することができる。

 ”自然はさびしい。しかし人の手が加わるとあたたかくなる。 そのあたたかなものを求めてあるいてみよう”

 そう言って、日本の村を歩いた宮本常一なら、この山野をみて、どう思うだろうか。

 理屈はともかく、まず、目の前に落ちているゴミを拾うことから始めるべきだとは思っているし、これまでそうしてきたのですが、いま少し立ち止まって考え続けてみたいと思います。

桃源郷のような

 桃源郷の春。かと思うような地でありました。

 舗装道とはいえ急峻な山道を駆け上がったところに開けた4〜5軒ほどの小さな集落です。

 ここなら、挑戦してみたい、人生をかけてみたいと、思えるのではないでしょうか。私も30代前半であれば、ひとめぼれしたかも、です。

 実際、ここの土はよかったです。

 何がよかったのか。

 実は在来カブの再生栽培調査に同行させていただいたのですが、どれも特徴をよく発現していました。他の土地でははぶいたり、よせたりして、発現優位のもの同士での交配をしかけたのですが、ここでは、「じゃあこのへんで」ということで根付いたままの状態のある箇所を選んでネット(交雑防止)をかぶせました。

 マイクロクライメイト(超微小気候)を生かした栽培が、この地での新たな営みをつくれるかもしれません。